◎2026年01月29日 ---- ボス ◎
- 票の重み
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朝のラジオである経済評論家が面白いことを言っていた。「仮に我々みんなが80歳で死ぬとします。この選挙において20歳の人は自分の今後60年間に何らかの影響が及びます。60歳の人は20年間です。60年間に影響する人と20年間しか影響ない人が同じ1票ってのもおかしいと思います」と彼は言った。それを聴きながら「確かにそうだな」と思った。◆調べてみた。今、我が国には60歳の人は150万人、20歳は105万人。そして国政選挙の投票率は60歳が68%、20歳は33%程度と予想される。すると投票数はさらに広がり20歳(34万票)に対し60歳(102万票)と3倍以上の差になるのだ。◆この国では、選挙において本来ならより切実に感じるべき20歳より老い先短い60歳の意見が3倍のパワーを持つことになる。おかしい。たしかにおかしい。
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◎2026年01月28日 ---- ボス ◎
◎2026年01月26日 ---- ボス ◎
- 大相撲「静」の美学
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初場所は「安青錦(あおにしき)」の連続優勝となった。ウクライナ出身の21歳。来場所は綱取りへ挑戦だ。頑張ってほしい。◆ここ数年、大相撲を見ていて気になることがある。塩を撒いたあとほとんどの力士は決まってパンパンとまわしを叩く。感じのよい仕草ではない。◆私が子供の頃、大鵬と柏戸、いわゆる柏鵬時代の力士はあんなことしなかった。私が大学生の頃、横綱輪島が塩を払うように右手で軽くまわしを叩いていた。音はしなかった。この辺までは大相撲に「静」の美学があった◆私の記憶では派手にまわしを叩くようになったのは朝青龍から。ほかの力士は音をたててなく、パンパンと大きな音でまわしを叩く朝青龍の動作は、朝青龍独特の気合の入れ方のようだった。朝青龍の個性だった。私は不愉快ではなかった◆朝青龍の個性を真似るように、パンパンとまわしを叩く力士が徐々に増えてきた。個性的な力士をみんなが真似てはダメだ。大相撲から「静」の美学がなくなった。最近では宇良と阿炎以外はみなまわしを叩く。みっともない。◆「パンパンとまわしを叩くのはみっともない。大相撲本来の『静の美学』を取り戻せ」と誰か言い出さないものか。評論家や横綱審議委員会などで話題にならないのが不思議だ。
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◎2026年01月22日 ---- ボス ◎
- 会社設立
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31年前の1月17日早朝、神戸地区を巨大地震が襲った。4000人以上の死者を出したこの災害に対してヘリコプターは無能だった。格納庫やヘリポートの欠点が浮き彫りになった。欠点が浮き彫りになったが誰もそれに対応する知恵がない。「土木と建築とヘリコプターに関して私ほど深い知見を持っている者は日本にはいない。オレがやるしかない」と思った。◆すぐに事業計画書の作成をはじめ、複数の特許の申請を行い、協力してくれる会社を探し始めた。当時、私は38歳だった。◆それまで私が在籍したことのあった2社に説明した。そのうちの一社、「前田建設工業」は私の情熱を買ってくれ「君が社長をやるんだろうね。頑張ってくれよ」と言ってくれた。「カネは出すが口は出さないよ」とも約束し応援してくれた。◆もう一社、その当時私が在籍していた「T工業」は手切れ金代わりに出資をしてくれることになった。それでも大変ありがたかった。ただ「社長は銀行OBの〇〇さんにお願いしましょう」などと注文を付けてきた。私は丁寧に断った。「私が命がけで先頭を走ります」と言って断った◆すでに震災から1年経っていた。私は39歳になっていた。実際に「エアロファシリティー株式会社」として登記が終え、小さな本社を構え新会社がスタートするにはさらに1年がかかった。私が40歳の時「エアロファシリティー株式会社」は正式にスタートすることになった◆30年間、いやそれ以前から苦しかった。最近、つまり人生の終盤になって、やっとなんとか落ち着いてきた。◆「社長になりたくて」社長になったわけではない。「この仕事を成功させることができるのはオレしかいない」と思ったから社長になった。この順番が大切◆「どうやったら社長になれますか?私も社長になりたいのですが」などと聞いてくるバカな学生が多くなった。「将来は起業したいんです」などと知恵も苦労もないヤツが恥ずかしげもなく話している。「何をやりたいのか」よりも「起業したい」との思いが先に来ている若い人が多い。きっと失敗するだろう。大学のサークルの延長で「利益が出る会社」を運営できるわけがない。
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