◎2026年04月28日 ---- ボス ◎
◎2026年04月28日 ---- ボス ◎
- 葬式(4)
-

今日の話は「葬式」とは少し異なる◆微妙な内容なので詳しくは書けないのだが・・。今から25年前、私の親しい友人であるA君は、妻子がありながら単身赴任先に彼女を作った。私は何度かA君の元へ遊びに行ったがいつもその彼女が一緒であった。A君の奥様より15歳年下の若い彼女だった。15歳年下の彼女を作ったA君のことを羨ましいとは全く思わなかった。その女性は少し我儘で気が強く、私への愛想も感じのいいものではなかった。それでも彼女がA君に献身的に尽くしていることはよくわかった。私はA君に「応援するよ」も「やめたほうがいいんじゃない」も言わなかった。その状況に関して私は極めて無関心を装っていた。A君と彼女との関係はその後10年ほど続き、いまから15年ほど前、彼女が結婚することになって別れた。別れ話はこじれなかった。A君もこころよく彼女の結婚を祝うフリをしたようだ◆私はA君とは年に2機程度は会っているが、それ以来彼女のことを聞くことはなかった。それがなぜか前回あったときにふと聞いてみた。「彼女は今どこに住んでるの?元気なの?」と。するとA君は「キノシタ、実は彼女、昨年死んだ」と言ったのだ。二人は会うことはなかったがどこに住んで何をしているのかは知っていたという。年賀状の交換くらいはしていたのだろうか。その彼女が死んだという。私は思わず「自殺?」と聞いてしまった。「うんにゃ、たぶん心臓らしい。突然死だって」◆興味あって、私はさらにA君に尋ねた。「別れて15年も経ち連絡も少なくなると訃報に接しても穏やかに受け入れられるんかい?」と。するとA君は即座に少し大きな声で「そんなことないよ!泣いたよ。一晩、泣き明かした。外が明るくなるまでオレはずっと泣いていたよ」と。◆私は少し嬉しくなった。もちろん彼女の死が嬉しいわけではない。このA君の態度が嬉しかった。情熱的で誠意がある。15年前に分かれた彼女の訃報に接して朝まで泣きとおす。こういう男はモテる。感情の起伏がない冷静な男ばかりが目立つような今、A君のような男が魅力的だ。◆葬式の話は今日でおしまい。
... 続きを読む
- コメント (0)
◎2026年04月27日 ---- ボス ◎
- 葬式(3)
-

コロナ禍を契機に葬式の様子が大きく変化してきたように感じている。友人、知人が「亡くなった」との一報は入るのだが通夜や葬儀の案内が届かないことが多くなった。「家族葬にしますから」という理由が多い。なんとも寂しい。コロナ禍ではそれも止む無しであったがコロナ禍が明けた今でも葬儀の案内はほとんど届かない。◆葬儀を行わないから遺族は彼の「死」の情報をわざわざ発信しないことも増えた。そのため亡くなって数か月たってから訃報に接することも多くなった。あまりにも寂しい。◆義理で参加する葬儀は不要だが、逆に葬儀に参列してお別れを言いたい者にとっては遺族から届く「家族葬ですのでご弔問・ご香典・ご供花等はご辞退申し上げます」はもっと悲しい。◆こちらはお世話になった〇〇さんにきちんと「さようなら」を告げたいのだ。あるいは学生時代をともにした△△クンに「あの頃は楽しかったな。そっちで待っててな、オレももうちょっと経ったらそちらに行くけんね」と伝えたいのである。涙を流したいのだ。葬式に参列できないと「本当にいなくなったのかな?」とボヤっと感じるだけになってしまう。◆香典や供花を断るのはいいが参列を断るのは家族のエゴじゃないだろうか?亡くなった方も寂しいだろう。泣けなかった私は、いつどこで「さよなら」を言えばいいのだろう。
... 続きを読む
- コメント (0)
◎2026年04月23日 ---- ボス ◎
- 葬式(2)
-

私が30歳代の後半だった頃だから今から30年くらい前の話だ。当時、私はある会社の取締役航空事業部長という肩書だった。世の中はバブル景気が弾け重苦しいムードだった。「取締役航空事業部長」といっても新規事業を興すことも許されずただ円滑なリストラを命じられていた。私にリストラを命じたのは銀行出身の常務。私は陰で「バカ常務」と呼んでいた。私だけではない、私の周りの取締役連中はみなそう言っていた。「銀行マンは血も涙も無くさないと出世できない。自分の出世のためなら相手の気持ちなど考えてはダメだ。そう教育されている」と言われていた。◆この年、私は13回も葬式に参列した。半分はほとんど知らない人。そして13回の葬式のうちの4回は自殺によるものだった。ある葬式は、死んだ本人とは私は会ったこともなく、自殺した彼の父親が仕事の取引先だった。この年に参列した13回の葬儀で私は一度も涙を流すことはなかった。義理や仕事上の関係で参列しただけだった。◆私の尊敬する先輩が常々私に言ってくれていた。「キノシタなあ、結婚式に呼ばれても無理して参列しなくてもいいけど、葬式は無理してでも参列しなさいよ」と。あの年、13回も義理で参列した葬儀。参列して良かったのか分からない。少なくとも参列したことを後悔することはない。◆今から30年前の「年間13回の葬儀参列」は私の人生で最多。
... 続きを読む
- コメント (0)


