2026年09月の記事一覧
◎2026年09月29日 ---- ボス ◎
- 日中関係・・「合格点の答案を提出できるよう・・・」だって!
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中国を訪問中の岩屋毅前外務大臣に対し中国の王毅外務大臣は日中関係の正常化に向けては「日本が正しい選択をし、合格点の答案を提出できるように・・・」と述べた。◆「合格点の答案を提出できるように・・・」だと!?? なんという上から目線。失礼にも程がある◆私は中国人の友人もたくさんいる。彼らはみな丁寧で優しい。礼儀もわきまえている。だが銀座の街をうろつく中国人観光客はみな横柄で礼儀を知らず声が大きい。品が悪い。日中関係の悪化により銀座の街から下品な中国人がいなくなったことは歓迎に値する。◆それにしても我が国の前外務大臣に「合格点の答案を提出できるように・・」などとふざけた言葉でののしるような国とは距離を置くことも考えたい。「失礼な!ふざけるな!」と怒ることができない岩屋さんに同情もする。◆お話ししたことは一度もないが岩屋さんは私と同じ大分県出身で同学年。センターより右にいる方は彼のことを「親中派だ!媚中派だ!」と貶すが日本のために一所懸命に我慢強く頑張ってくれている。応援したい。
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◎2026年09月28日 ---- ボス ◎
- 小便時の姿勢
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最近は「座りション」が増えている。私も自宅では「座りション」だ。我が家には3つもトイレがあるがすべて男女兼用の洋式トイレ。洋式トイレでは「座りション」が一般的になりつつあるようだ。◆今日の話題はこの洋式トイレでの小便ではなく「立ちション」専用の男性用小便器の前での姿勢。駅やデパートやオフィスの男性トイレでの話。立って並んでする小便。会社のトイレでは隣に立っているヤツに向かって「きのう、飲みすぎたよ」などと話しながら用を足しているヤツも多い。◆この「立ちション」の姿勢は大きく二通りに分かれる。多いのは頭を下げ自分の放尿線を見つめる人。もう一つは放尿線が安定したらすぐに顔を上げ目線はまっすぐ前の壁を見るタイプ。つまり放尿時に下を向いている男と前を見ている男に分かれるのだ。で、ほとんどの男は下を向いている。これが実に貧相。◆立ちション時に背中を丸め下を向いている男に大物はいない。自分に自信があるか、何かを成し遂げたか、あるいはこれから大きなことを成すであろう男はみな前を向いて小便している。私にはそのように思えてならない。◆小便時には放尿線が安定したら、胸を張って優雅に前方を見ようではありませんか。
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◎2026年09月25日 ---- ボス ◎
- 義理と人情と道徳
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私の部屋(社長室)のデスク後ろの壁に「義理 道徳」の大書を掲げている。◆「義理 人情」ではないのですね?と問われることも多かった。そんなとき私はこう答えていた。「ええ、高倉健さんが歌う『唐獅子牡丹』の出だしは『義理と人情を秤にかけりゃ義理が重たい男の世界』ですね。古い人間とお思いでしょうが企業経営では私は人情よりも義理を優先させたい」◆すると彼らは決まって「じゃあ義理と道徳では?」と重ねて聞いてくる。私は「難しい問題ですが、確かに義理と道徳が両立できないこともありますね。その時は基本、道徳を優先させたいと思っています」と答える。実際に、恩ある方、世話になった方が道徳的でないこともあった。まずは彼に道徳を重んじるようにお願いをする。聞いてもらえない場合は私は道徳を優先してきた。人情よりも義理、義理よりも道徳を優先すべきだ◆間違ってないと思っている。
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◎2026年09月17日 ---- ボス ◎
- 六八九トリオ(ロクハチキュートリオ)
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昨日に続いて歌謡曲の話。作詞:永六輔、作曲:中村八大、歌:坂本九の三人組を「六八九トリオ」と言う。『上を向いて歩こう』が代表曲。トリオでなくても坂本九の歌は必ず永六輔か中村八大のどちらかが係わっていた。『明日があるさ』『レッツキッス』『見上げてごらん夜の星を』などだ。さらに坂本九が歌っていないけど「六八コンビ」の曲には『黒い花びら』『こんにちは赤ちゃん』などがある。◆六八九の少なくとも二人が係わるこれら名曲『上を向いて歩こう』『明日があるさ』『レッツキッス』『見上げてごらん夜の星を』『黒い花びら』『こんにちは赤ちゃん』に共通することはなんでしょう?◆答えは「歌いだしが曲名」と言うこと。私が知る範囲で唯一「歌いだしが曲名」になっていないのは『遠くへ行きたい』だけ。「♫知ーらなーいまーちを歩いてーみーたーい」◆いずれにしても、いい曲ばかりだなあ。
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◎2026年09月16日 ---- ボス ◎
- 小さい秋
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「すっかり秋だね」「そうですね、秋ですね」「秋の歌で思いつくのは?」「まずはトワエモアの『今はもう秋』ですね」「どんな曲だっけ?」「えっ?知らないんですか?『♫いまはーもうあきー 誰もいないうみー』ですよ」「ああ、あれな。もちろん知ってるよ。でもな、あの曲のタイトルは『今はもう秋』じゃなくて『誰もいない海』なんだよ」「えっ、そうでしたっけ」◆「ほかに秋の歌は?」「そうですね。その次はやっぱ『小さい秋』じゃないですか?」「どんな曲だっけ?」「えっ?知らないんですか?『♫小さいあーき 小さいあーき 小さいあーき見ーつけた』ですよ」「ああ、あれな。もちろん知ってるよ。でもな、あの曲のタイトルは確かに『小さい秋』だけど歌いだしは『♫小さいあーき小さいあーき』じゃなくて『だーれかさんが だーれかさんが だーれかさんが 見ーつけた』だよ」
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◎2026年09月15日 ---- ボス ◎
- 小説の評価、絵の評価、曲の評価
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本を購入するとき事前にAmazonの評価をチェックする。評価が高いと安心して購入するし評価が低いと買うことをやめることもある。村上春樹の新著『夏帆』の評価を見ると私の予想よりもはるかに高い点をが付いていた。◆おそらくこれは「村上春樹の作品」だからの高得点なのだろうと思う。普通に眺めていると下手な絵だがそれがピカソが描いた絵であると知ると急に点数が高くなる。それと一緒だろう。『夏帆』は駄作だが文章はうまい。村上春樹の作、というだけで高評価がつきコメントに「素晴らしい!春樹ワールドを堪能した!」などと書き込まれる。ピカソだろうがゴッホだろうがビートルズだろうが岡本太郎だろうが当然駄作はある。◆「〇〇の作品」というだけで評価や値段が上がる風潮を不思議に思う。絵や小説や音楽は「誰の作品か」ではなく、その作品を純粋に評価するようになったらいいのにな。
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◎2026年09月14日 ---- ボス ◎
- 「おあいそ」
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いい年をして常識を知らないヤツは多い。先日、カジュアルなイタリアンで飲んでいたら隣のグループ(5人)の食事が終ろうとしていた。その中の最長老、私と同じくらいの年齢の男が店員に向かって「おーい、おあいそ」と言った。店員に「おーい」は失礼だし「おあいそ」とはなんだ!◆「すみません。そろそろお勘定お願いします。」となぜ言えない。料理が旨かったのなら「美味しかった。ありがとう」を付け加えるべき。こんなほんの一言の心配りで回りは和む。気持ちよくなる。◆偉そうに「おーい」と呼び、頭悪く「おあいそ」と言う情けない男に腹が立った。その男に誰も「『おあいそ』じゃなく『お会計』でしょ」と注意しないことが寂しかった。
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◎2026年09月11日 ---- ボス ◎
- ノーベル文学賞は
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村上春樹の新著『夏帆』を読みながら思った。毎年ノーベル文学賞の候補に挙がるが恐らくこの人は無理だろうな、と。熱狂的な春樹ファン(ハルキスト)からは叱られそうだが無理なもんは無理だ、と感じる。◆川端康成や大江健三郎、あるいは三島由紀夫と比べれば村上春樹のあの翻訳調の文体からは「日本」を感じられない。三島由紀夫があと10年生きていればきっとノーベル賞を取っていただろう。◆私が学生の頃『風の歌を聴け』に爽やかで大きな感動を覚えた。独特のオシャレな文体はその後ずっと続く。私の感覚は、わたせせいぞうのマンガ『ハートカクテル』に共通する。いい意味でも悪い意味でも爽やかで都会的で面白い。泥臭さも日本的な情緒も薄い。残念だが村上春樹さんにノーベル文学賞を期待するのはやめた。だいたい『夏帆』なんて面白くもない。「村上春樹が書いた」という理由だけで読んでいる◆おそらくまだ誰も言っていないが、私は今一番ノーベル文学賞に近い日本人作家は吉田修一さんだと思っている。応援している。
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◎2026年09月10日 ---- ボス ◎
- 「あと七日」を700円で過ごす
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貧乏学生の頃、バイト代が入るまでの「あと七日間」を百円玉7枚で過ごさねばならないなんていう事態に何度かなった。これから七日間、一日を百円で過ごさなければならないのだ。それでも意外と平気だった。電気と水道はすでに払っている。コメはある。ボンカレーなどのレトルト食品のストックもあった。銭湯へは行けないが濡れタオルで拭けばいい。一番の問題はタバコだった。そういう事態に備えて普段から灰皿に残る吸殻を大切にしていた。シケモク用に蓄えていた。その七日間は、新しいタバコを10本吸ったらそれ以降はシケモクと決めていた。おそらく今の学生はシケモクって言葉すら知らないだろう。「あと七日」を700円で過ごした日が懐かしい◆あれから50年経った。おかげさまで「あと七日」の経済的な心配はすることなくなった。タバコもやめた。「あと七日」の心配をすることはなくなったが最近は「あと何年」の心配をするようになった。「あと何年、健康に過ごせるのだろうか」「あと何年、生きるのだろうか」と考えることが多くなった。◆成長したもんだ。いや、老けたもんだ。人生は永いようで意外と永くないもんだ。
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◎2026年09月08日 ---- ブログ ◎


