‘ブログ’ の記事一覧
◎2016年01月13日 ---- ボス ◎
- アタマの悪い国会議員とそれを支持する国民たち
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首相は8日の衆院予算委の答弁で、実質賃金が下がっているとの指摘に対し、「景気回復の過程でパートが増える。1人当たりが低く出ることになる」と説明。その後、例え話として「妻は働いていなかったが景気がよくなって働くことになり、私が50万で妻が25万なら75万円。2人で働くと平均は下がる」と述べた。(朝日新聞デジタルニュース)◆経済学のイロハ。失業率が減る過程で平均賃金は下がる。失業率が底打ちしたら平均賃金も徐々に上がり始める。それを分かり易く説明したつもりだった。ところが「妻がパートで働きはじめて25万円」と解されてしまった。そこにアタマの悪い国会議員が噛みついた。12日の予算委で「パートの現状がわかっているのか。25万円のパートがあったら教えて欲しい」と批判した。アタマの悪い国民がアタマの悪い国会議員を支持する。「本当だ!パートで25万円も稼げるヤツなどいない。総理は実態が分かっていない!ふざけるな!」などとネットで騒ぎ出した。◆「景気刺激策」「失業率」「実質賃金」等この国の景気の方向性について議論していたのに問題をすり替え「パートの時給」を例に出して「あなたの言っていることはおかしい!」と騒ぐ。こういうのを「重箱の隅をつつく」あるいは「言葉じりを捕まえての揚げ足取り」という。◆もう少しアタマの良い国会議員が、まともに経済を議論しなければこの国の先行きは暗い◆この欄で何度も書いた。「会社の社長を、誰でも立候補できる選挙で選んだらとんでもないことになる。『給与を上げます』と公約した者が社長になってしまう」と。◆選挙権も被選挙権も、もう少しハードルを高くすべきだと私は真剣に思っている。しかし行き過ぎた民主主義のこの国はそのハードルをさらにさらに低くしようとしている。
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◎2016年01月12日 ---- ボス ◎
- 父の五十回忌
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数年前に誰かから「回忌法要は満五十年で行う五十一回忌が最後」と聞いた。死後一年目の一周忌、満二年の三回忌、満六年の七回忌・・・と続いて満五十年の五十一回忌が最後なのだと聞いていた。◆この1月3日、父が亡くなって満五十年であった。去年の春頃からどうしたものかと少し悩んでもいたが、私も多忙であったことも理由に「お寺さんに相談しなくても、きっとお父さんも『わざわざせんでももういいよ』と言ってくれるだろうと甘えさせてもらっていた。親戚も「もう、いいんじゃないの?」と言ってくれた。◆そうとはいえ、少し気になるので今年は父の墓のある大分県佐伯市で年を越した。認知症の進んだ母とはなかなか会話が噛み合わない。父の墓へ誘うのも酷な状況になっている。五十一回忌は線香だけを持って、熊本から来た姉と二人、静かに墓前で手を合わせるだけで許してもらうことにした。◆「仏教では満五十年の五十一回忌が最後の法要なんだって。没後五十年経って墓参りしてもらえるってことなんて珍しいことなんだって」・・・知ったようなことを姉に向かってしゃべっていた。◆それから十日経った今日、一月十二日は母の誕生日。母は今日で八十四歳になる。午後から「お誕生日おめでとう」の電話を入れようと思って少し気になった。母への電話の際に父の法要の話題に触れようか、と思った。そこでyahooで「回忌法要」と調べてみた。・・・・ああ、恥ずかしい!五十一回忌など載っていない。どうも最後の法要は「満四十九年で行う五十回忌法要」が最後のようである。なぜ「満五十年の五十一回忌が最後」などと思っていたのだろう。だれが私にそう教えてくれたのだろう。知らなかった。恥ずかしい。情けない!◆私は昨年の1月3日、父の死後満四十九年の五十回忌法要の日、「来年の今日は五十一回忌、最後の法要だからこんなことはしていられないかもしれないな」などと考えながら楽しくゴルフをしていたことを思い出した。ああ、ごめんなさい。◆そんな親不孝な私ではあるが、父は五十年経った今も優しく私を守ってくれている。とうちゃん、ありがとう。... 続きを読む
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◎2016年01月05日 ---- ボス ◎
- 本人確認証ってナニ?
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あけましておめでとうございます。今年もよろしくお付き合いをお願いいたします◆私は正月早々に風邪を引いてしまい、仕事始めの昨日も午前中のみオフィスにおり、午後から帰宅、ベッドで横になっていた。テレビではバラバラ殺人事件の続報を伝えていた。◆「去年末に、大阪府のマンションで知人女性の遺体をバラバラに切断したとして女が逮捕された事件で、女は女性の本人確認証を使い、複数の金融機関から借金をしていたことが新たにわかりました」(TBS) アナウンサーが記事を読み上げる。コメンテーターが例によって嘘っぽい心配そうな顔を作ってなにやら言っている。私が引っかかったのは『本人確認証』という聞きなれない言葉。おそらく警察がこの言葉を使って発表したのだろう。テレビ各局はそれをそのまま流す。バカなコメンテーターたちは疑問に思わない。もっとバカな視聴者はまったくなにも思わない。◆『本人確認証』って何なの?・・・・なぜ、誰も聞かないの? 私は不思議でならない。 そばでテレビを観ていた家人に聞いてみた。「本人確認証っていったい何なの?」 「免許証とかパスポートとかじゃないの?」 「じゃあなぜそう言わないの?」 「さあ、なぜでしょうね? どうでもいいんじゃないですか?」 ◆おそらくどうでもいいことなのだろう。だが、「おそらくどうでもいいことだろう」と考え、確認を怠って大きな見落としに気付かないことは良くある。 ◆マスコミ関係者の誰か一人が「その“本人確認証”っていったい何なのですか?」とそこで確認しておけばこんな妙な言葉を使っての報道にはならなかっただろう。◆「おそらくどうでもいいこと」とサラッと流してしまう最近の風潮に改めて気付いたことが新年の収穫であった。私は強く思った。仕事でも家庭でもそうだ。「おそらくどうでもいいこと」を許してはならないと。
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◎2015年12月28日 ---- ボス ◎
- TSUTAYAのレジにて
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当社は本日、仕事納め。午前中、机の回りの整理をして午後からは社内で一杯やることになっている。私は明日の午前の飛行機で福岡に入り、簡単な仕事をいくつかこなした後、年明け3日までの正月休みとなる。◆正月休みに読もうとTSTAYAに『王とサーカス』(米澤穂信)を買いに行った。今年の「このミステリーがすごい」と「週刊文春」双方で、国内ミステリーの部門で1位を取った話題作。ちなみに米澤穂信氏は昨年も『満願』で「このミス」と「文春」双方の国内ミステリー1位を取っている。実は残念ながらこの『満願』は私にはまったく面白くなかった。意地悪な私には「米澤穂信氏はミステリーを書くには詰めが甘い」と感じた。「知識が乏しいし、数学が苦手なのだろう」とも思った。欠点ばかりが目についた。「最近の読者は、こんな欠点にも気付かずにサラッと流して『面白い!』と言っているのか?」私は嘆かわしくなってきた。さて『王とサーカス』はどうだろうか。これもダメなら当分は米澤作品を読むことはない。◆それはさておきTSUTAYAのレジにて。私が本を差し出すと店員が丁寧に「カバーはお掛けしますか?」と尋ねてきた。ヒトに見られて恥ずかしい本でもないし、読み終わったあとブックオフに売りにいくつもりもないので「いえ、結構です」と私は答えた。店員はまた丁寧に「どうもありがとうございます」と言い軽く頭を下げた。レジは二つあって、私の隣のレジで中年の男が本を買っていた。やはり店員が「カバーをお掛けしますか?」と丁寧に尋ねた。男は「はい」と答えた。店員は丁寧にカバーを掛けはじめた。男はカバーのついた本を受け取ると支払いを済ませ出て行った。それが私には気に食わなかった。◆さて、私は何が気に食わなかったのでしょうか?・・・私はその中年男の「はい」が気に食わなかったのである。「『はい』じゃないでしょう!『はい、恐れ入りますが』とか『はい、お手数かけますが』となぜ言えない?」と私は腹を立てていた。でもきっと私以外にとってはこの中年男の「はい」はなんでもないことなんだろう。店員もなんとも思っていないのだろう◆だれもが、ちょっとしたことを「どうでもいいこと」と感じているようだ。だから日本のミステリーにも「どうでもいい」ミスが増える。そこを気にせずサラッと読んで流す、浅い知識の読者が増えている。これでは日本のミステリーは育たない。... 続きを読む
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◎2015年12月22日 ---- ボス ◎
- 笹子トンネル コンクリート天井版崩落事故
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中央自動車道笹子トンネルで2012年12月、天井板が崩落し9人が死亡した事故で、犠牲者5人の遺族が中日本高速道路などに約9億円の損害賠償を求めた訴訟の判決が22日、横浜地裁であり、裁判長は過失責任を認め、約4億4000万円の支払いを命じた。中日本高速側は、トンネルの安全性に不備があったとして賠償責任を認める一方、「天井板の落下は想定外」と過失責任を否定。原告側は「事故は予見できた」と主張し、点検に関わる過失の有無が争点だった。(以上、時事通信より)◆私は一人の土木技術者として、この判決は至極当然のものと断言する。いや「天井板の落下は想定外」などとふざけた言い逃れをしている中日本高速道路に対して憤りすら感じる。私は九州大学の土木工学科をビリで卒業したが、その私でも「そんな設計ではいつかは落ちる」と断言できる。原告側の、「事故は予見可能で、必要な点検をしていれば防げた」との主張はもっともなのだが、そもそもなぜあんな設計にしたのか、土木技術者としては不思議でならない。点検するのが難しい高速道のトンネルの天井版、まともな設計者なら重量のあるコンクリートは使わない。少し高くなるかもしれないがスチール製のグレーチングかアルミのデッキを使う。◆少々のコスト削減のために安全を犠牲にしたのなら許すことはできない。私が原告なら「当時の設計責任者、出て来い!」と叫んでいる。◆いま、ヘリポート建設でも全く同様の事態が進んでいることも申し添えておく。30年後、40年後、ヘリコプターの着陸時に壊れるヘリポートが出てくるかもしれない。私がいくら注意をしても、耳をふさぐ設計者が多い。「キノシタさん、事故が起こるとしても30年後か40年後でしょ。そんときは私は、とっくにもうこの世にいませんから」・・言いながらニヤッと笑う不誠実な設計士がいる。... 続きを読む
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◎2015年12月22日 ---- ブログ ◎
- ちょっとした気配り
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当社はビルの15階にある。エレベーターは13階まで素通りし、14.15.16階にしか止まらない。「14.15.16階の専用エレベーター」なのである。この専用エレベーターが2基ある。朝の出勤時は1階で乗った者を上の階へ運ぶばかり。なのに、あまり賢くないエレベーターは16階で人が降りても自動的に1階まで下りてはこない。さらにこの賢くないエレベーターは運動神経も悪く、動き出すのに数秒かかり、移動速度も小学生レベル。気の短い私はいつも待たされイライラする。◆午前8時半~9時半ころの出勤ピーク時はこの2基のエレベーターは動きっぱなし。上昇しているときには次の客が1階で「⇑」ボタンを押している。問題はそれ以前の時間。◆7時~8時半の間。この時間にエレベータ前に着くとエレベーターは必ず2基とも「15」とか「16」とかに停まっている。私は二つのエレベーターの「⇑」ボタンを押し、2基のエレベーターを呼ぶ。早く下りてきたほうに乗り込む。当社オフィスのある15階に着くと、私は必ず次の出勤者のためにそのエレベーターを1階に戻すよう「1」のボタンを押して降りる。次に来た者は待たずにエレベーターに乗り込める。◆自分がエレベーターを降りる前に、次の客のために「1」ボタンを押す。たったこれだけの気配りを誰もできない。少なくとも私は、私以外の者がそうやっているところを見たことも聞いたこともない。... 続きを読む
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◎2015年12月21日 ---- ボス ◎
- 本屋大賞 2016年
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読書量が落ちている。年を取り読書欲が落ちた、雑用が多くなった、通勤電車に乗ることがなくなった、出張の機会が減った、ゴルフをする時間が増えた、などが主な理由。さらに読まなくなった理由をもう一つ。「面白い!」と思う本が少なくなった。◆芥川賞の候補作は大体が私の趣味に合わない。小難しい。直木賞候補作は私の趣味に合うことが多い。中でも今年の直木賞受賞作、『流』(東山彰良)は数年ぶりの傑出した作品であった。面白かった。◆私の気になる文学賞は・・「芥川賞」<「直木賞」<「本屋大賞」・・・ 「本屋大賞」が最も面白い。そこで年の終わりに「2016年の本屋大賞」にはどんな本がノミネートされているのか調べてみた。ところがまだノミネート作が発表されていない。◆そこで「それならオレが来年の本屋大賞を予想しよう」と思いついた。◆『君の腎臓を食べたい』(住井よる)に決定! この欄で一度紹介したなんとも悪趣味な題名の本であるが、題名とは真反対、なんとも爽やかな読後感の小説である。「爽やか」という表現は読後すぐの感情とは異なるのだが、読み終わって1か月も経てば「爽やか」な読後感が残る不思議な文体だ。◆私の回りにこの『君の腎臓・・』を食べた、もとい読んだ人が四人いる。その四人がみんな大絶賛。ゴルフ仲間のマッちゃんこと松崎さんも「もう涙ボロボロでしたよ。最高ですね、あの小説。文章も現代的だし・・」と言っていた。◆来年の本屋大賞は『君の腎臓を食べたい』で決まり!・・・と予想した。... 続きを読む
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◎2015年12月17日 ---- ボス ◎
- 手かせ足かせを嵌められた可哀そうな指導者
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来春の選抜高校野球大会の21世紀枠推薦校になっていた和歌山東高校が、指導者の不祥事を理由に推薦を辞退した。監督が生活指導の際、反抗的な態度を取った部員の頬を平手で2回たたいたことが「指導者の不祥事」なのだという。「はあ?それが不祥事なの?」と声を上げるものがいないのが不思議だ。「生徒が監督に対して反抗的な態度を取ったのだろう」「叩いたのは平手なんだろう」・・それで甲子園出場のチャンスを放棄しなければならないの?◆もちろん限度を超えた体罰は許されるものではない。そういうとすぐに「限度ってどこなの?」などという声が返ってくる。限度に関して誰も上手に説明できない。すると何でもかんでも「弱い者の味方」のわけの分からない弁護士たちが「教師や監督が生徒を叩くなんて、いかなる理由でも許せない」とヒステリックに騒ぎ出す。バカなテレビのコメンテーターが追随する。◆生徒が教師を殴ってもニュースにならないが、監督が反抗的な態度の生徒を平手でたたけば大ニュースになる。なんともおかしな国になってしまった。こんなんでは教師や監督などあほらしくてやってられなくなる。... 続きを読む
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◎2015年12月17日 ---- ボス ◎
- 娘の誕生日
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長女が産まれたのを機に葛飾区から練馬区の下石神井へと転居した。3年後に長男が産まれるが、彼は幼い頃病弱で入退院を繰り返した。私は仕事が忙しく、家庭のことは家人に任せっぱなしであった。家人は長男を連れ病院通いのため、娘には寂しい思いをさせた。◆娘が5歳のときのこと。その日、私は久々に日曜日を自宅でのんびりと過ごしていた。息子の具合も良かった。家族4人で散歩しよう、ということになった。目的もなくぶらぶらと近所を歩いた。環八沿いに、それまで気が付かなかったフレンチレストランがオープンしていた。昼間も営業しているようだ。私は久々の家族と過ごす休日が嬉しくて、家人に言った。「あのレストランでお茶しようよ。きっとケーキもおいしいよ」 家人も嬉しそうに「いいわね。でも高くないかしら?」と答えた。「なんとかなるよ」私はレストランの入り口の階段を上った。その入り口脇に何か書いてある。「申し訳ありませんが当店では6歳未満のお子様の入店をお断りしています」◆それを読んで「残念!」とは思ったが全く腹は立たなかった。私は素晴らしいアイデアを思い付いたのだ。「6歳になったら入られるんだね。じゃあ6歳のお誕生日に来ようよ」5歳の娘に言った。◆数か月後、娘は6歳の誕生日を迎えた。私と娘は正装して、手を繋いでそのレストランに向かった。息子はまだ入店できないので家人と自宅でお留守番。事前に娘にはレストランでのマナーを教えていた。「大きな声でしゃべってはいけない。大きな音を立ててはいけない。もちろん店内をうろうろしてはいけない・・・・・」 娘は少し緊張していた。それでもとても嬉しそうだった。私が手伝いながら、ナイフとフォークで食事をした。「これ、とっても美味しい!」笑顔で、小さな声で訴えてくる。 隣の席で食事をしていた老夫婦が帰り際に声をかけてきた。「お嬢ちゃん、とってもおりこうね。いくつなの?」 娘は緊張しながらも、小さな声ではっきりと「今日が6歳のお誕生日なの」と答えた。私はとても嬉しかった。◆あれから21年が経った。昨日、娘は27歳の誕生日を迎えた。幾つになっても娘は可愛い。すっかり元気になった息子も入ってささやかなお祝いをした。... 続きを読む
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◎2015年12月16日 ---- ボス ◎
- 新国立競技場・・・残念!
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総工費が当初予算を超える2520億円にもなるということで、ザハ・ハディド氏設計の新国立競技場の建設計画が白紙撤回となった。それから3か月経った昨日、新たに整備計画見直し案の2案が公開された。A案は隈研吾さん・B案は伊東豊雄さんがデザインを担当したと言われている。いずれも日本を代表する建築家である。A案B案どちらの計画でもハディド案よりは900億円以上削減されるらしい。多くの国民はこれを歓迎するムードのようである。さてA案になるのか、B案に決まるのか。興味はそちらに移っている。◆「えー、ハディドのデザインの方が断然いいよ!」・・私はつい口に出してしまった。なんとかならなかったのだろうか。返す返すも悔しい。◆北京オリンピックが開かれた中国国家体育場、通称「鳥の巣」はスイスの二人の建築家ヘルツォーク&ド・ムーロンがデザインを担当した。斬新なデザインを覚えている人は多いだろう。アテネ五輪もロンドン五輪もメーンスタジアムのデザインは素晴らしいものだった。◆隈研吾さんのA案も伊東豊雄さんのB案もそれなりに美しいが「鳥の巣」に比べると見劣りは否めない。ましてハディドデザインの当初案とは比べ物にならない、と私は感じた。まだまだ日本人の建築デザインの力は欧米の建築家に遠く及ばないのか、私は嘆いた。せっかく日本人のデザイン力を世界に訴えることのできるチャンスだったのに、今回のA案B案は私の予想をはるかに下回る、ごく常識的な、面白味のないデザインであった。残念。◆「どれにする?新国立競技場のデザイン候補が斬新!」と題するこのサイト http://matome.naver.jp/odai/2135160040734774201 を覗いてみて欲しい。3年前にはこんな素晴らしいデザインが競っていたのに・・。... 続きを読む
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