‘ボス’ の記事一覧

2015年01月22日 ---- ボス

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昨年の5月7日のこの欄で私は「人生を潤すもの」として「英会話」「車の運転」「ゴルフ」の3つをあげた。この3つができたら人生は楽しくなる、と書いた。間違いないのだが一つ忘れていた。それは「酒」◆楽しく上手に酒を飲むことができるのとできないのとでは「人生の潤い」が大きく違ってくる。たまに酒で人生を狂わせる者がいるがそれは「上手に酒を飲むことができない」ということだ。私は酒に強い方ではないがこの人生においてどれだけ酒に助けられたか知れない。酒を飲んでいなければあの人とは出会っていない、この人とこんな良い関係になってはいない・・・私の回りはそんな人ばかりである。酒が原因の失敗がないわけじゃないが酒がもたらしてくれた幸運と比べたら取るに足りない◆たまに酒を一滴も飲めない人がいる。かわいそう。飲めるけど飲まない人もいる。面白くない。彼らには申し訳ないが「酒を飲めない人」「酒を飲まない人」が混じると飲み会がしらけてしまう。「飲めない人」はまだいい。しようがない。「飲まない人」の方が問題。エチケットとしてビールの一杯くらいは付き合うべきだと思うのだが、どうだろう?少なくとも私は息子・娘には「飲みすぎるなよ。それでも宴会では少しは飲むように」と指導している◆ところが今年になって体調が悪い。特に酒を飲んだ翌日がきつい。少し酒を控えることにした。昨日も一滴も飲まなかった。飲まないと寂しい。楽しくない。◆1月も20日を回ったがまだまだ多くの新年会が待っている。「飲まない」わけにはいかない。場がしらける。・・・・ビール2杯までにしよう。うーん、ちょっとさびしい。ビール2杯と焼酎のお湯割り1杯までは許そう。

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2015年01月21日 ---- ボス

小便をこぼさない男

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男女兼用のトイレが多い。今ではほとんどの家庭がそうであるし小さなオフィスやバーでも多い。飛行機の中のトイレも男女兼用だ。男が利用するときは便座を上げ用を足す。そのままにして出る男も多いが紳士である私は用が済むと便座も蓋も下ろしてその小さな部屋を出る。日本のトイレは諸外国に比べ圧倒的にキレイである。トイレはキレイであるが大抵の男は小便を便器回りにこぼしてしまう。気配りが足らない。そのために飛行機ではスッチー(今はCAという)が、バーではオネーサンがマメにトイレ掃除をしている。(国際線のトイレを清潔に保っているのは断然ANA、続いてJALだと私は確信している。エミレーツもシンガポールエアもかなわない。いわんやアメリカやフランスにおいてをや・・・。日本人は世界一の清潔好きであることは間違いない。)◆さて私は・・。私は少々酔っていても小便を便器の外にこぼすことはない。いえ、座って用を足しているわけではない。男らしく立って用は足すのだが慎重に慎重に行う。それでもたまに一二滴こぼしてしまったらペーパーで丁寧に拭き取る。スッチーやオネーサンはきっと喜んでくれていることだろう◆10年以上前のことだ。私は六本木一丁目にオフィスを開設した。東京タワーが見える新築のキレイなビルだった。社員は私を含め、まだ6名しかいなかった。トイレは男女兼用であった。社員はみなキレイにトイレを使ってくれていた◆そんなある夜、大学時代の親しい友人が新オフィス開設祝いにやってきてくれた。社員が退社したあとのオフィスで二人で飲んでいた。彼がトイレに立った。しばらくして私もトイレに入った。すると床に小便が10滴~20滴も垂れていた。私は腹が立った。トイレから出て彼に「もっとキレイに使えよ!」と文句を言った。彼は随分と酔っていた。素直に「ゴメン、悪かった」と返ってくると思っていたのだがそうではなかった。驚いた。「小便くらいでガタガタ言うな!男が小便すればこぼれるものなんや」と九州弁で開き直った。私の怒りは増した。「オマエみたいな公務員にはオレがどんな気持ちでこのオフィスを開いたのかなんて分からんのやろうがな、こっちは命がけなんぞ。ここは命を懸けて作ったオフィスなんぞ!トイレであろうがそんな言い分は許さん!」大声で責めた。すると彼の態度は一変した。謝り始めたのだ。酒のせいもあったのだろう。「ごめん、キノシタ。オレが悪かった。ごめん、俺を殴ってくれ!」と言い出した。「分かってくれたらいいよ」と言うのだが彼の方が収まらない。「ごめん、殴ってくれ!」を繰り返す。私も酔っていた。面倒くさくなって彼を殴った。右手の拳で彼の左頬を殴った。手加減はしたつもりだったがそれでもグーのパンチは効く。私より一回り大きい彼が大きくぐらついた。私も謝った◆男同士の友情って素晴らしい。彼とはその事件以来さらに深い友情で結ばれている◆私はあの事件のあとから、一層慎重に、「小便をこぼさない男」として生きている。

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2015年01月20日 ---- ボス

ぬるい! 航空局の指導

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世界中、病院のヘリポートには大きく白十字を描きその中に赤いHを記入することが決まっている。(左図参照)◆大災害時などは遠く離れた地域から救急ヘリやドクターヘリが応援に入る。東日本大震災のときは米軍ヘリが救助活動してくれた。これらの、その地域の状況に詳しくないパイロットでも容易に「どこが病院であるか」を見極めることができるためだ。世界共通のマークが左の絵なのだ。もちろん当社が病院にヘリポートを作る際には必ずこのマークを描いている。ところが救急指定の大病院であるのにヘリポートにこのマークを記載していないところも多い◆設計者やコンサルタントが無知であったことが原因なのであるが、ここへの着陸許可を出すのは国土交通省航空局だ。なぜ航空局は指導しないのか?ヘリポートに熟知し、国民の平和のためのヘリコプター利用を指導する立場にある航空局の職員だが彼らはこのマーキングに対しては全く指導していない。おそらくめんどくさいのであろう◆上司なり政治家なりから「ちゃんと指導しろ!」との言葉がかからない限り、法律であろうが条例であろうが彼らは指導しない。「だってこれまで先輩たちもそのことは指導してなかったんだもん。」が彼らの言い分。ぬるいのである。情けない!ぬるいぬるい公務員の意識を変えなければこの国は良くならない。

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2015年01月19日 ---- ボス

体調不良

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今年になってカラダの調子が悪い。年齢からくる衰えなのか、それともどこかに疾患があるのか?具体的には激しくどこがどう悪いというわけではないのだが・・・◆最初に感じたのは愛宕神社に初詣でに行ったときだ。愛宕神社参道の86段のいわゆる「出世の階段」を上って異常に息が切れた。毎年数回、この階段を上って私は“神頼み”をしてきた。これまで私のお願いのすべてを愛宕神社の優しい神様は叶えてくれた。ずっと甘えてきたし今後も甘えたい。だから息切れしては困る。これは神様が「キノシタ君、キミ、一度病院に行って検査した方がいいよ」と言ってくれているのだろうか、と思った◆次に「おかしい」と感じたのは酒が異常に残るようになったこと。もともと酒は強くない。飲めないわけではないが飲むと二日酔いに悩まされてきた。今年になってその二日酔いの強烈度が一段と激しくなってきたのだ。昨日もそうだった。一昨日ワインをボトル半分弱飲んだ。これまでなら二日酔いになるかならないかの境目程度の量だ。ところが昨日は丸一日激しく苦しかった。無理してゴルフを頑張ったのだがここ数年で最悪のスコアであった。そして二日経った今もなおスカッとしない。三日酔いだ。肝臓がイカれたのだろうか?しばらく酒を控えよう◆以前からの睡眠障害はさらに悪化してきている。私は毎日5時間は寝るようにしているが途中で10回は目が覚める。眠っても常に夢を見ている。楽しい夢をみることは少ない◆そして記憶障害も進んでいる。毎年検査をしているが昨年も優しく美しい女医さんが「異常なしですよ。いえ、むしろ平均値を大きく上回っています。心配いりません」と言ってくれた。これは本当に心配要らないのではなく検査方法が未熟なのであろう。私の記憶力は確実に大きく低下してきている。おそろしい◆目も一段と悪化した。毎朝、左の目が開かない。なにかゴミが入っているような感触。飛蚊症も一段と悪くなっている。昨年だけでも3件の眼科を訪問したがどの医院でも「大した心配はありませんよ」と明るく医師はこたえてくれた。現在の眼科医療はまだまだ未熟だ。私の目を治すことを誰もできないのだから◆「動悸・息切れ」「二日酔い」「記憶障害」「睡眠障害」「飛蚊症とドライアイ」・・・どんどんカラダが衰えていく。あっ、もう一つあった。トイレが近くなった。我慢できなくなってきた◆あっ、そうだ、まだあった・・・・。 歳は取りたくない。今週中に病院へ行こう。

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2015年01月16日 ---- ボス

芥川賞

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ここ十年以上、芥川賞受賞作品を読むことがなくなった。いつのまにか私の中に「芥川賞受賞作品は面白くない」という印象が染みついていた。◆『されど我らが日々』(柴田翔)を読んだのは高校生の頃だった。面白かった。早く大学生になりたい、大人になりたいと思ったことを覚えている。高校生の頃に読んだのでその頃の芥川賞受賞作品だと思っていたが調べてみると私が小学一年生の時(1964年)の受賞作であった。昨年読み返してみた。全く面白くなかった。◆『偲ぶ川』(三浦哲郎61年)、『赤頭巾ちゃん気をつけて』(庄司薫69年)、『杳子』(古井由吉71年)なども私の高校生時代の受賞作品だと思っていた。全く違っていた。懐かしい歌謡曲は聴くとその当時のことを思い出すが懐かしい芥川賞受賞作品は時代とは関係ない。あの頃は「過去の芥川賞受賞作」を読んでいたようだ。◆私の記憶の中で、芥川賞の受賞作品が受賞年次とリンクしてくるのは 『限りなく透明に近いブルー』(村上龍76年)、 『エーゲ海に捧ぐ』 (池田満寿夫77年) 『僕って何』 (三田誠広77年)『蛍川』(宮本輝78年)あたりから。彼らはみな偉大な作家になっていったがこれら芥川賞受賞作品はどれも今一つ面白くなかった。徐々に私は芥川賞受賞作品への興味を失った。逆に直木賞受賞作品はみな面白かった。私は直木賞受賞作のみ書店で購入するようになった。◆昨日、芥川賞・直木賞の発表があった。そこに嬉しい名前があった。小野正嗣。彼は数年前『にぎやかな湾に背負われた船』で三島由紀夫賞を受賞していた。私は読んでいない。読んではいないのだが当時少し私の回りで話題になった。彼、小野正嗣さんは私の郷里、大分県佐伯市の出身であった。佐伯鶴城高校の卒業で私の後輩である。その小野正嗣さんが今回『九年前の祈り』で芥川賞を受賞した。会ったこともない後輩の快挙だが私も素直に嬉しい。さあ、久しぶりに芥川賞受賞作を読んでみようか。いや「やはり芥川賞はなんだか小難しくて面白くないな」と思ってしまう可能性が高いのでやめておこうか。迷っている。

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2015年01月15日 ---- ボス

現代学生百人一首

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新聞各紙が朝刊で「現代学生百人一首」を紹介している。各紙とも幾つかの歌をピックアップしコメントを付けている。心打たれる歌、「頑張れ!」と応援したくなる歌、「オレもそうだったな」と懐かしくなる歌、ほほえましい歌、悲しい歌・・・学生たちが今のありのままの心境を三十一文字に巧みに詰め込んでいる。中でも私が特に気に入ったのが朝日新聞の「天声人語」が紹介している中学1年生の男の子の歌。≪「勉強は?」と聞かれる度(たび)に見せつける中指にあるふくらんだ皮フ≫◆中学1年生でペンだこは少しかわいそうだがなんとも微笑ましい。きっと優しいけど教育熱心なお母さんが「勉強してるの?」と彼にとってはうるさく感じるほどに聞いてくるのだろう。「皮フ」との表現がまた良い。かわいらしい。私も受験時代はペンだこができるほど「書いて覚えた」ものだが我が家の息子・娘が「書いて覚えよう」としている姿を一度も見たことがない。今の学生は「書かずに覚える」ことができるかもしれないなどと思っていた。◆もう10年も前だろう。たしか「週刊文春」の中のどなたかのコラムであった。そこでは短歌ではないがやはり学生の作った俳句を紹介していた。その二つの句が忘れられない。≪転校を打ち明けられた二人乗り≫ ≪クロールの息継ぎを見て恋終わる≫ 中学生の作品だったと思う。 どちらとも女子の作品であったと記憶する。懐かしい香りのする純粋な句。私も中学生時代には甘酸っぱい思い出が多い。楽しかった。夢もあった。学生時代、青春時代・・戻れるものなら戻ってみたい。◆今朝の「天声人語」は他の作品にも触れていた。≪将来の夢を問われて黙り込む幼い頃は三つも言えた≫・・・徐々に徐々に夢は小さくなっていく。今年、私は58歳になる。

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2015年01月14日 ---- ボス

初老紳士の教え

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その話をしてくれたあの初老の紳士はいったい誰だったのか思い出せない。あのときたまたま隣の席に座った人だったのだろうか?いや違う、彼は私の向かいの席に座っていた。なにか仕事の打ち合わせをしていたような・・・。誰だったのかどうしても思い出せない。顔と声は覚えているのに・・・。場所は平河町にある半地下の喫茶店。今から25年ほど前、私がサラリーマンを辞め、我が家には長女が生まれたばかりの頃だった。◆穏やかにそして茶目っ気たっぷりにあの初老の紳士は自分の経験論を話してくれた。「キノシタ君ね、キミは若い。若くて元気だ。だけどカネはそれほど余裕ないでしょ。僕もそうでした。家族を養うので精一杯。キレイな女性と浮気するような余裕はありませんでしたよ。・・・・・・40歳代の後半になって給料が随分と上がりヘソクリもできるようになったけどその頃は仕事がとても忙しくてね・・自分の時間が持てなくなりました。銀座ではそこそこモテたのですが浮気をするような時間を作ることはできませんでしたよ。・・・・・・60歳手前になっておカネも時間も少し余裕ができたのです。やっと浮気ができる状況になったのです。カネと時間があれば60歳でもオトコはモテるもんなのですよ。ところがね悲しいことに私はもうカラダが疲れ切っていて役に立たないのですよ、アチラが。・・・・・ずっと浮気願望はあったのですが結局はそんなことできませんでした。男ってのは寂しい生き物なんですよね。」◆若いころはカネがない。カネができたら時間がない。カネと時間に余裕ができたらカラダが言うことをきかない。・・・寂しいものだ。◆かくして私もあの初老の紳士と全く同じ道を歩み続けている。カネと時間に余裕ができたとは言えないがカラダは確実に疲れきって言うことをきかなくなってきている。「浮気したい」と強く願っているわけでもないが振り返ると寂しい人生だったのかもしれない。◆「いや、これでいいんだ。これが幸せなのだ。」と合理化規制を働かせ自分を慰めている。今日は早朝6時から1時間、自宅近所のスタジオでみっちりとヨガのレッスンを受けてきた。頑張ろう。

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2015年01月13日 ---- ボス

マスク

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欧米では病院内や食品工場など以外でマスクをする者を見かけることがない。中国やベトナムなどでは大気汚染対策でマスクをしている人を見かけるが風邪でマスクをする者はいない。恐らく風邪対策のために街なかや職場でマスクをしているのは日本人だけだろう。ちなみに私は就寝時にマスクをするが昼間はしない。かっこいいものではない、と思っている◆マスクにどの程度の予防効果があるのかは知らないが健康に関するものだけに「みっともないよ。日本以外では誰もしていませんよ」などと注意するわけにはいかない。我が国では誰にでも「マスク着用の自由」は保障されている。「マスク着用の自由」に対して意見するつもりはないのだがマスク着用にはそれなりの礼儀があるのではないだろうか?と思う◆初対面の人と挨拶するのにマスクを着けたままでは失礼であろう。会議の場では「風邪気味でして・・。申し訳ありませんがマスクをしたままで・・」などとの断りを述べるべきであろう。それが気配りというものだと思う。先日、ある大会社の受付で女性がマスクをしたまま客に接していたのを見て「情けない!」と思った◆若い女性が電車の中で平気で化粧をしているのを見かけることが多くなった。「電車で化粧」を見て「みっともない」と思わない者が増えてきているようでもある。「誰に迷惑をかけているわけじゃなし、いいじゃないの」ということだ。◆マスクも同様。「人様から病気をもらわぬよう、人様に病気をうつさぬように着けているのだから、いいじゃないの」ということのようだ◆「見た目」より「実用」ということらしい。働く女性の服装が徐々にだらしなくなってきた。男性もスーツ、ネクタイをする必要のない職種が増えてきた。夏場は国会の中でもクールビズだ。外見を気にしなくなった日本という国がどんどんとだらしなくなっているように私は思えてならない。◆「人は見た目が大切」とまだ私は信じている。

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2015年01月09日 ---- ボス

表現の自由

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北朝鮮の金正恩第1書記暗殺計画を描いたコメディー映画「ザ・インタビュー」の配給元であるソニー・ピクチャーズエンタテインメント(SPE)がサイバー攻撃を受けた。捜査したFBIはサイバー攻撃を仕掛けたのは北朝鮮であると断定した。米国は北朝鮮を再度「テロ支援国家」に指定し経済封鎖等の圧力をかけることを検討しているという。一度はこの映画の上映を中止すると決めていたSPEに対し「米国はテロには屈しない」という姿勢を明確にするために上映を促し、結果SPEは公開に踏み切った。「テロに屈しない国」アメリカは強い。◆昨日パリにある政治風刺の雑誌「Charlie Hebdo」(CH)の本社に銃を持った2人の男が乱入し、12人が死亡、多数の負傷者が発生した。「イスラム国」あるいはアルカイーダのテロとみられている。CHは「イスラム国」指導者の風刺画をたびたび掲載していた。フランスでも「テロに屈しない」との強い意思表明のための大規模デモが起こっているという。◆双方とも「(表現の自由)VS(テロ)」である。そして「テロには屈しない」という強い意志。◆私個人的には「テロには屈しない」という強い意志表示は応援したい。いかなるテロも許してはならないと思うし、テロに屈しないことがテロ自体を減らすことになると思っている。そうは思っているものの「でも、どうなの?」と問いかける自分もいいる。◆個人でもそうだが国家間、宗教間、組織間で価値観が大きく異る場合がある。こちらでは善であってもあちらでは悪であることも多い。すべてこちらの価値観で物事を進めることに対しもう少し慎重になるべきではないだろうか。こちらには「表現の自由」があってもあちらにはそれがないのだから。◆コメディー映画であちらの国家の元首の首が吹っ飛ぶシーンが必要なのか?もう少しあちらに配慮すべきではなかったのか。我々日本国民でも、あちらの国が作った娯楽映画に天皇陛下や総理大臣のそっくりさんの首が吹っ飛ぶシーンがあれば許すことはできないだろう。◆日本人仏教徒は穏やかで寛容であるので「何妙法蓮華経(なむみょうほうれんげきょう)」を「ナンミョー ホーレンソー」などと大声で歌われてもにっこり笑って返す。成田山や明治神宮の初詣で大勢の参拝客の中で「神はあなたを救います。聖書を読みましょう。イエスキリストは・・」などとキリスト教徒が布教活動をしていてもなにも言わない。ところがこれがイスラム教徒に対してコーランを貶したりメッカ巡礼の場所で仏教の布教活動をすればとんでもないことになることを皆知っている。◆こちらとあちらでは価値観が違うのだ。こちら側の「表現の自由」というものは絶対的なものではない、ということを一度じっくりと検証すべき時期になっているのではないだろうか?

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2015年01月07日 ---- ボス

ふるさと納税

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都会と地方の経済的格差が開いているという。「地方再生」という言葉をよく耳にするようになった。政治家も官僚もそれなりに方策を考えているようだがなかなかうまくいかない。年収数億円のテレビ司会者が「アベノミクスにより格差は開く一方だ」と深刻な顔をして訴えているのは滑稽でもある。◆厳しい言い方になるが私は「地方は政治のせいにして自分で努力することを忘れているんじゃないの?」と思うことがある。地方の方々に聞きたい「あなたはどんな努力をしているの?格差是正に向けて明らかに都会の人以上に努力していると言えますか?」と。◆「ふるさと納税」という制度がある。地方税を現在の居住地ではなく故郷に納めることができる制度。私の例で言うと現在住んでいる渋谷区ではなく大分県佐伯市に納めることができる。(実は日本中どこの自治体へでも納めることができる制度) 私は毎年、かなりの額を佐伯市に納めてきた。黙って渋谷区に納めるのと違ってわざわざ銀行へ言って手続きをする。5千円以上の手数料もかかる。それでも私を育ててくれた佐伯市のため、佐伯市へ恩返しと思って続けてきた。◆ところが佐伯市の対応はいかにも事務的、お役所的なもの。形式的なお礼を述べる文書と粗品が送られてくるだけ。誠意も工夫もない。「都会で稼いでいる人間が郷里に送金するのは当然」とでも思っているようだ。それでも数年続けていた。憤慨したのは納税のお礼に「佐伯市歌」のCDが送られてきたとき。いまどき出身地の聞いたこともない「市の歌」のCDを送られて喜ぶ都会人が居ると思うのか?あなたはこれ貰って嬉しいの?・・腹が立った。情けないと思った。意見をしようと佐伯市のホームページで「ふるさと納税」のページに行くとそこには直接記入できず、意見を書くページをプリントアウトして手書きで記入後FAXで送信してくれとある。これじゃ「意見など聞きたくありません」と言っているのと同じ。このような例はおそらく佐伯市だけではないだろう。◆やはり役人は役人。「納税してくれた人はどんなお礼が嬉しいのだろうか?」と真剣に考えることがないのだろう。◆私は東京で同窓会の幹事をしている。同窓会があっても「なあ皆さん、僕もやっているけどみんなでふるさと納税しようや」と誘えないのである。私が大分県の役人だったら年末年始は職員総出で大分空港に立ち、都会からの帰省客に「ふるさと納税」をお願いするのだがな。「ふるさと納税」してくれた方々にはそれなりの凝ったお返しをするのだがな。同窓会の幹事を見つけ出して「みんなを誘って『ふるさと納税』してよ」とお願いするのだけどな。・・・地方の役人と東京の経営者には感覚に大きな差がある。私は当分「ふるさと納税」をすることを辞めた。めんどくさいのである。

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2026年02月06日 ボスの
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