‘ボス’ の記事一覧
◎2016年12月08日 ---- ボス ◎
- 転勤 ・ 単身赴任
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連日、忘年会が続いている。15日を過ぎると「業界」であったり「会社」であったり、いささか硬い感じの集まりが多くなるのだが、11月末から12月上旬の間は同世代の仲良しが集まる忘年飲み会が多い。◆月曜、火曜、水曜とそのような忘年会が続いた。60歳近いオジサンたちの忘年会の話題は大抵が「健康」「親の介護」「退職後の生活」。「健康」では「小便の切れが悪くなった」「朝勃ちしなくなった」「心臓の手術をした」「認知症の前兆がある」など。元気な話はまったくない。「親の介護」は現在奮闘中の者と私のように最近終了したものが半々くらいか。いずれにしても苦労話になる。「退職後の生活」に関しては「家庭菜園できればなあ」「せめて年金がもらえる年までは働きたい」など様々。◆どの話題も決して明るいものはないのだが、それを笑顔で明るく話せるようになったのも年の功なのだろう。私の仲間たちはみな、暗い話題でも明るく受け止め楽しく話す達人ばかり。共通した考えは「子供より先に死ねればそれで幸せ」「順番だけは守りましょう」ということ。そうでありさえすればすべてハッピー、という感じだ。◆社会人になっての35年間を振り返る話題になると、誰からとなく必ず「単身赴任」の頃のエピソードが語られる。実は私は24歳で上京、26歳で結婚して以来一度も転勤がない。ずっと東京近郊で家族で生活してきた。年に数回海外出張もあるが、長くても一週間程度。転勤も単身赴任も経験がない。50歳になる前までは、同窓会で「オレは転勤も単身赴任も経験ないんだ」と言うと皆に羨ましがられていた。忘年会に参加する私の同級生は、私を除いて全員が単身赴任kぇ意見者であった。単身赴任の大変さを経験者が語っていた。ところが60歳前になって同じように「オレは転勤も単身赴任も経験ないんだ」と話すと皆が一様に「そりゃ可哀そうに」と私に言う。「単身赴任は大変だと思うかもしれないけど、楽しいことも多いんだよ。言えないことも多いんだよ」・・みんながニヤニヤしながら私に同情のまなざしを送ってきた。知らなかった。... 続きを読む
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◎2016年12月01日 ---- ボス ◎
- アタマの悪い政治家は 「カジノ」 しか思いつかない
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「カジノ解禁法案」が衆院内閣委員会で審議入りした。アタマと根性の悪い政府・自民党は、今国会での成立をめざしている。アタマは悪いが利権にたかることには長けている彼らは「観光及び地域経済の振興に寄与するとともに財政の改善に資する」などとほざいている。これに対し共産党は「賭博を経済対策の目玉にする法案は断じて許されない。国民の多数は反対」と訴える。よほど共産党の主張の方がまともだ。◆国内に、マカオやラスベガスができる訳がない。韓国のように「外国人専用」とするのでは、中国人以外のインバウンドの少ないわが国では大した利益は見込めない。マカオが、ラスベガスが、アトランティックシティが「カジノで儲けている」と聞いて簡単にそれをマネしたがる。自分のアタマで考えることのない我が国の政治家の民度の低さが嘆かわしい。そのうちに「赤線復活法案」などが出てくるのだろう。◆目先のカネのためなら、誇りも道徳も捨て、安全すら重要視しない。三流国に成り下がろうとしているようだ。◆アベノミクスの「第三の矢」が出ないと言われて久しいが、この「カジノ解禁」が「第三の矢」であると言うのならこの国は沈没に向かっていると私は断言する。
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◎2016年11月30日 ---- ボス ◎
- 不幸は突然やってくる
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「幸せ」になるために人は一所懸命に努力をする。努力の向こうに「幸せ」があるし、努力しても報われず「幸せ」になれないこともある。いずれにしても、前触れもなく突然「幸せ」になることなど決してない。一方「不幸」は、こちらは突然やってくることばかり。◆私は小学校2年生の正月3日に一家四人でタクシーに乗っていて、そのタクシーが大事故を起こし、父を失った。母は顔や胸に大ケガを負った。それまでは恵まれた家庭環境だったが一瞬にして不幸に落ちた。それから随分と苦労をした。◆8年前の今頃、当社の顧問だったWさんと夕方、神谷町の焼き鳥屋で飲んでいた。酒好きのWさんだがその夜はなかなか酒が進まない。聞くと「このところ少し胃の調子がおかしくて・・」などと答た。それから一週間も経たないある日、午後3時頃だったろうかWさんから電話があった。公衆電話からだった。「先日の焼き鳥、ご馳走様でした」とWさんの声は弾んでいるように聞こえた。「楽しかったですね」と私が答えると、今度は逆に沈んだ声でWさんは話し始めた。「あのあと近くの病院に行ったらそこの医者から『すぐに精密検査を受けなさい』と言われ、実は今、築地の癌センターからなのです。先ほど検査が終わりました。診断は『スキルス性胃癌』とのことで明日から入院することになりました」と言う。「社長、申し訳ないですけど、しばらく出社できません。退職にしてください。」とのことだった。それから3か月も経たずにWさんは永眠された。◆交通事故や病気だけではない。地震や津波や火事、或いは詐欺被害にあったり、暴漢に襲われたり、我々はいつ突然不幸に落とされるのか分からない。自分だけではない。家族が病気や事故にあっても不幸になる。経営者であれば、社員や社員の家族も心配だ。関連会社も心配だ。◆心配しても何もできない。心配だからと何もしない訳にもいかない。「今日も一日平和が続きますようにお守りください」・・そう願いながら自宅を出る前には母の仏壇に、会社に着いたら神棚に真摯な気持ちで手を合わせる。そう、私は幸せに関しては神や仏にお願いすることくらいしかできない。◆無力を感じつつも、大きな不幸もなく今年も師走を迎えることができたことをありがたく思っている。... 続きを読む
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◎2016年11月28日 ---- ボス ◎
- リタイアの準備
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高校、大学の同級生たちから「異動のご挨拶」とのメールが数多く届くようになった。異動といってもその殆どが、いわゆる第一線から退くもの。関連会社や子会社への出向や転職、役人の場合は財団法人への天下り。彼らと会うと、寂しいような悲しいような、それでいて重たい荷物をやっと下したというほっとしたような、なんとも複雑な表情をしている。「第二の社会人生活に入った」と言えば聞こえがいいが実際には「余生」に入ったようだ、と本音を言えば彼らに対して失礼だろうか?◆私も来年6月に還暦を迎える。まだまだ元気で若いつもりで頑張っているが、悲しいかな体力・気力の衰えを感じることが多くなったのも事実だ。宮仕えの身ではないので出向や異動はない。社長を辞めるときは「会社員生活の臨終のとき」である。そろそろ綺麗な臨終に向けて準備を始めなくてはならない。いや実はその準備は数年前から徐々に始めてはいた。だが思ったように進まない。先輩経営者に相談すると「神様が『まだまだトップで頑張れ!』って言ってるんだよ」などと無責任な励ましをいただいた。◆5年後は64歳、なんとか想像はつく。だが10年後のわが社がどうなっているのか、予想できない。そろそろ10年後、15年後のわが社の像を少し鮮明にしなければならない時期になった。真面目にリタイアの準備を始めよう。
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◎2016年11月24日 ---- ボス ◎
- 東京で11月の雪・・・温暖化というのに
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私の部屋からは東京タワーが間近に、足元まで見える。素晴らしい景色。毎朝、デスクに着くとまず東京タワーを眺め「さあ、今日も頑張ろう」と呟く。今朝もそうだった。7時過ぎに会社に着き、カーテンを開け「さあ今日も頑張ろう」と呟いた。ところが・・・。これを書いている今は午前9時20分。東京タワーはほとんど見えない。なんと11月に雪が降っているのだ、この東京で! 雪に遮られて私の部屋から東京タワーが見えないのだ◆今から12年前、2004年に『デイ・アフター・トゥモロー』という映画が上映された。地球温暖化が進み、地球全体の気候バランスが崩れ、世界中を大寒波や大津波が襲う。映画としての質も最上級であった。当時私は「へえぇ、温暖化の結果に大寒波?分かんないもんだな」くらいの気持ちだったが、今朝の大雪でその映画『デイ・アフター・トゥモロー』を思い出した。(まだ観てない人は帰りにTSUTAYAで借りて観て欲しい)◆おそらくその辺の「少し頭が良い」程度の学者では「温暖化の結果に大寒波」などとは予想できないのであろうが、「本当に頭が良い」学者はそこまで予想する。すごい!◆しかしこのままでは、本当に頭の良い学者が言うように、異常気象はどんどん進んでしまう。なんとか世界中が一致して温暖化対策に乗り出さなければ30年後、50年後の人々にとんでもない苦労をさせてしまうことになりそうだ。それでは申し訳ない。... 続きを読む
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◎2016年11月22日 ---- ボス ◎
- 地震と報道
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早朝、6時少し前、グラッときた。微妙な動きが徐々に強くなってくる。5年前の東日本大震災を思い出す。幸い、長続きすることなく収まった。NHKをはじめ各テレビ局はすぐに地震情報を流し始めた。テレビ東京だけは経済ニュースを続けていたが、ここも15分後には津波情報に変わった。それから1時間以上、すべてのチャンネルは海岸線の映像を流し「すぐに非難を」と呼び掛けていた。私は「羹(あつもの)に懲りてなますを吹く」という言葉と「狼と少年」というイソップ童話を連想した。◆東日本大震災での津波被害がとてつもなく大きかった。それがゆえにはるかに規模の小さい今回の地震で「予想津波高さ30センチ」でも「津波は怖い、すぐに非難を!」とテレビは煽る。気象庁から終息宣言が出るまでテレビは「すぐに非難を!」と呼びかけ続けた。結局は大した津波は来なかった。これと同じ状況があと3回も繰り返されれば「オオカミが来たぞ!逃げろ!」と煽ったイソップ童話の少年のようになってしまうだろう。本当に大きな津波が来た時に逃げ遅れる人が出てしまう。◆気象庁もテレビ局も、もう少し冷静に津波情報を伝えることを勉強したほうがいい。... 続きを読む
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◎2016年11月16日 ---- ボス ◎
- 残業(2)
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電通の女性職員が長時間労働が原因で自殺しこれが「過労死」と認定され大騒ぎしている。私、個人的には「不思議」に感じる。「自殺することないじゃないの」などと公の場で発言すると大バッシングを受けることになるのだろうが、それが本音。自殺などは最後の最後の手段。会社にも客にも親にも友人にも迷惑をかける。会社を辞めればいいじゃない。おそらく「過労が原因で情緒が不安定になり精神的に病み、そのような『辞めるという選択をすること』に気付かなかった」ということになるのだろう。◆私はこの事件が契機となり今後「過労自殺」が増えることのほうを危惧する。「いじめ自殺」の多くが「自分の死をもって、自分をいじめていた奴らへ仕返しをする」ことを目的にしているように思える。実際に、自殺すれば彼をいじめていた奴らはなんらかの制裁を受ける。マスコミはそこばかり、つまり「いじめていた奴らは誰だ!」ということばかりを強調する。結果「いじめを苦にした自殺」が増える。仕返しのための自殺が増える◆「いじめ」にしろ「過労」にしろ、マスコミは「なぜ逃げなかったのか? 逃げるべきだった」と報じることはできないのだろうか? 「いじめ自殺」は未成年が中心だから「逃げる」のは難しいが「過労自殺」は「いじめ」よりはるかに逃げ出すことは簡単に思えるのだが・・・?... 続きを読む
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◎2016年11月14日 ---- ボス ◎
- レナード・コーエン、ロバート・ボーン、それから りりィ の死
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先週木曜日から3泊で上海へ出張してきた。私が上海にいた3日の間に、私が大好きだった3人の訃報が飛び込んできた。レナード・コーエン、ロバート・ボーン、りりィ の三人◆ロバート・ボーンは何といっても「0011 ナポレオン・ソロ」。 早熟だった私は小学校1年生の頃からこの番組の大ファンだった。大分では日曜の夜、10時からの放送だったと記憶している。ロバート・ボーンの吹き替えを矢島正明が、相棒のイリヤ・クリヤキン(デヴィット・マッカラム)は野沢那智がやっていた。さらに来週の予告は若山弦蔵がやっていた。そんなことまで覚えている。敵国のスパイをソロとイリヤがやっつける様は子供心に興奮した。アクションの合間に、いつもソロが金髪の美女を口説くのだが、これまた小学校低学年の私でも羨ましく思っていたことを思い出す。そして私が初めて買ったレコードがこの「0011 ナポレオンソロ」のテーマ曲であったのだ◆ロバート・コーエンはカナダの詩人であり歌手であり、また仏教の僧侶でもある。私は勝手に「カナダのボブ・ディラン」だと思っていた。本家ボブ・ディランの曲は初期のものしか知らないがコーエンの曲は70歳を過ぎてからのものの方が私には好きなものが多い。残念ながら日本ではあまり知られていない。吉本ばななの本を読んでいてコーエンの名曲「Lover Lover Lover」の訳詞が登場した時には私はとても喜び「うん、ばなな、なかなかできる!・・・親父に負けるな!」と思ったことを覚えている。◆りりィはなんと言っても「私は泣いています」だが「心がいたい」「タエコ」「オレンジ村から春へ」なども捨てがたい。「P.S. I Love You」も深く、良い。実は独身の頃、私は六本木のりりィの住む部屋に泊まったことがある。残念ながらその日りりィは居なかった。主はいなくてもりりィが使っているタンスやテーブルがそこにあった。懐かしい思い出。◆3人の偉大なアーチストが一度に去ってしまって寂しい。合掌。... 続きを読む
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◎2016年11月10日 ---- ボス ◎
- トランプ大統領
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まさか・・・・トランプさんが大統領になるとは思わなかった。例によってテレビでは早速「トランプ勝利の要因は?」などと言ってアタマの悪そうなコメンテーターたちに聞いていた。コメンテーターたちは競馬中継の予想屋みたいに後付けでいろいろと言っている。「メディアの使い方が上手かった」などと言っている。ついこの間までは「テレビ討論ではクリントンの勝ちですね」などと言って、化粧や服の色までを含めてクリントンのメディア戦術を持ち上げていたのに。いずれにしろマスコミ、特にテレビはなんの役にも立たないということ。◆プーチン、習近平、金正恩、ドゥテルテ、そしてトランプ。世界の多くの国で独裁的な強いリーダーが国を動かすことになった。私はかねてから言っているが「多数決」や「合議制」で物事を決めている会社よりも優秀な強いリーダーが指示している会社のほうが強い。国家に関しても同じだろう。リーダーが優秀でありさえすれば合議制よりもはるかに良い方向へ動く。多数決で選ばれたトランプ大統領ではあるが「多数決こそが正義」という考えはそろそろ修正されるべき時期なのだろう。問題はそのリーダーが優秀なのかどうか、ということ。◆過激な発言が続いたトランプだが、あれだけの会社を築いた男、馬鹿ではないだろう。日本にとっても「やっかいな男」に違いないが単にビジネスのみを見たら日本企業にも新しいビジネスチャンスが生まれるのかもしれない。実は私は少し期待している。... 続きを読む
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◎2016年11月09日 ---- ボス ◎
- 残業(1)
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九州大学の土木工学科40人の同級生の殆どは卒業までに公務員試験を受けた。私も端(はな)から受かるわけもない国家公務員試験とひょっとしたら受かるかもしれない大分県の地方公務員試験を受けた。どちらも落ちた。同級生の1/4、10人が公務員になった。私は上京し、前田建設工業の東京支店で都市土木現場勤務をすることになった。早朝から夜中まで働いた。ひと月に一日しか休みが取れないこともあった。中でもきつかったのは「通し夜勤」と呼ばれる勤務。月曜の早朝から働きそのまま夜勤をこなし翌日火曜日のお昼前に引き継ぎをする。時には引継ぎが夕方になることもあった。引継ぎが終わると帰宅、睡眠、そして水曜にはまた「通し夜勤」が待っていた。月曜、水曜、金曜の早朝から翌日の昼近くまで働くわけだ。真冬は疲労と寒さと睡魔と闘いながらの仕事となった。まともに残業時間を計算すると月に200時間は優に超えていただろう。それでも残業代は20時間分しかもらえなかった。古き悪しき時代。◆その当時、たまに電話で宮崎県庁や大分県庁に行った同級生と話すことがあった。彼らは公務員生活を謳歌していた。毎日、五時になると帰宅し自宅の近所でテニスやソフトボールを楽しんでいる、と聞いて私は悲しくなった。「なぜもっと真面目に勉強して公務員試験を受けなかったのか!」強く後悔した。◆あれから35年経った。「苦しい思い出」は徐々に「私を成長させてくれた素晴らしい経験」に変わっていった。いま公務員をしている同級生を「羨ましい」と思うことは全くない。... 続きを読む
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