‘ボス’ の記事一覧
◎2017年01月23日 ---- ボス ◎
- 考える習慣
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年末から体調が悪く、ゴルフを控えている。熱は平熱だし血圧も正常だが、頭痛と耳鳴りに悩まされている。先週末は自宅でテレビと読書で過ごした。今、沢木耕太郎の新著『春に散る』を読んでいる。昨年夏まで朝日新聞に連載され評判の良かったもの。ボクシングで夢が叶わなかった初老の主人公たちが、人生の終盤に新たな夢を一人の若者に託すストーリー。私は主人公の広岡仁一を、若き日の高倉健をイメージしながら読み進んでいる。◆野球しか知らなかった広岡は肩を壊し野球が続けられなくなった。すさんだ生活を送っていた彼がボクシングと出会う。ジムの練習生に応募しようとするが、その募集要項には「頭脳明晰な者に限る」との但し書きがあった。学校の成績は芳しくはなかったが応募し、ジムの会長の面接を受けることになる。面接で会長が広岡に率直に聞く「君は頭がいいですか?」と。「分かりません」と答える広岡に対する会長の言葉がいい。◆「頭がいいか悪いかを判断するのは簡単なことです。ポイントはその人に考える習慣があるかどうかです。逆に言えば、考える習慣を持っている人を頭のいい人と言うんです」・・・まさに、そうだ! 「考える習慣」が大切なのだ。◆会長が練習生の条件に、頭がいい人としたことが理解できる。 「考える習慣がある」人は伸びしろが大きい。◆私はこのブログを「考える習慣」を維持するためにも書いている。部下たちには毎日のように「言われたことをやるだけじゃなく、自分のアタマで考えろ!」と言っている。◆人から「考えろ!」と言われなければ考えないということは「考える習慣がない」ということ。大変失礼だが、回りを見ると「考える習慣」を持たない人が圧倒的に多いようだ。
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◎2017年01月19日 ---- ボス ◎
- 天下り問題
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文部科学省が国家公務員法に違反し、同省前局長の早稲田大学への「天下り」をあっせんした疑いが指摘されている問題で、前川喜平事務次官の辞任が19日、固まった。(以上Yahooニュースから) ◆文科省のトップが「天下り問題」で辞任する。私個人的には「天下り=違法=悪」とは思っていない。私個人は思っていないのだが、マスコミをはじめ世間の多くは「天下り=違法=悪」と思っているようだ。前川氏もそう思っているから辞任するのだろう。さて、じゃあ前川氏、これからどうするのだろう? 普通に考えると、「天下り問題」の責任を取って辞任するからには、自分が天下るわけにはいかないだろう。 どうなるのだろう? まさか「終わった人」にはなるまい。 ◆失礼とは思いながら1年後の前川氏はどうしているのか予想してみる。これまた失礼だが私の予想はこうだ。 「『これは天下りではない』と主張できるようなポストに実際は天下っている。」・・・・さて、どうだろう。マスコミはここで終わらず、1年後、2年後の前川氏のポストを追いかけてみて欲しい。芸能人や政治家の「ゲス不倫」を追いかけるよりよほど簡単だし、まともな国民の多くが関心ある問題であると思う。... 続きを読む
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◎2017年01月18日 ---- ボス ◎
- イチローの言葉
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正月に観たテレビ。イチローが子供たちに向かって話していた。「君たちのコーチなどがときどき、こんなことを言っているそうですね。『イチロー選手は人の2倍も3倍も練習してるんだ、君たちも上手になりたかったら仲間の2倍も3倍も練習しなければならない。人の2倍、3倍練習したらイチローのようになれる』・・そんな話をしているとよく聞きます」 そこまで言うとイチローは一呼吸おいた。そして少し大きめの声でそれを強く否定し始めた。「嘘です。考えてもみてください。人の2倍も3倍も練習なんてできないでしょ」と。・・・「なるほどな、できるわけないよな」私は思った。イチローの話は続く。「人の2倍、3倍じゃないんだな。努力を人と比較しても意味ないよ。僕はね、練習をするときにまず『自分の限界』を探すんです。そしてその『自分の限界』を少しでも超えるところまで頑張ってきました。毎日が『自分の限界』との闘いですよ。」そういうことを言った。◆『自分の限界』を見つけ、その『自分の限界』と思っていたところを超えるだけの練習をする。イチローが言うから重みがある。大したものだ。◆私は自分の学生時代を振り返った。当時の私は「オレはまじめに頑張れば優秀なんだ。いま成績が悪いのはまじめにやってないからだ」などと自分に言い訳し、逃げていた。結局 『自分の限界』など見つけることもなく、平凡以下の努力しかせず、浪人し、さらに留年までしてしまった。「これではダメだ」と自分で気づくまで、残念なことに私の周りには厳しく叱ってくれる人がいなかった。... 続きを読む
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◎2017年01月17日 ---- ボス ◎
- 負けず嫌い
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10年くらい前の話。その時、私は社会人としての師匠であり恩人である川嶋信義さん(故人=元前田建設工業副社長)と二人、クルマで宮崎の国道10号線を走っていた。なんの話題からそんなことになったのか覚えてないがちょうど信号停止しているときに助手席の川嶋さんが言った。「なんで負けても悔しがらないんだろうなあ?」・・誰か情けない部下のことを言ったのだと思う。「男は負けず嫌いじゃないとダメだよな」と私に同意を求めてきた。私は車を発進させながら「ええ、そうでしょうね。負けず嫌いじゃないとね」と彼の言葉を軽く肯定し、さらに「オレ個人はそれほど負けず嫌いじゃないんですけど、それでも負けても全く平気そうなヤツ見てると『それでいいの?』なんて感じますね」と答えた。川嶋さんは軽く吹き出し明るい声で「ばーか、、オマエほど負けず嫌いのヤツはめったにいないよ」と言った。 こちらを向いた川嶋さんは笑顔だった。◆私は人様から「キノシタは負けず嫌いだ」と指摘されたのはこのときが初めてだった。正直、そのころまでは自分が負けず嫌いの性格だとは意識していなかった。いや、気付いてはいた。自分が負けず嫌いであるということは気付いていたがそれを隠そうとしていたのだ。◆子供の頃から負けず嫌いのヤツはいる。負けず嫌いのヤツらはだいたいデキが悪かった。負けると腹を立てる。みっともない。そんなみっともない負けず嫌いを多く見たので、私は負けず嫌いの性格を隠そうとしていた。負ければ腹が立つけれど、腹が立っていることを誰にも悟られないようにしてきた。だから「キノシタくんは負けず嫌いだね」と言われたことは、それまでなかった。だが川嶋さんは見抜いていた。「オマエほど負けず嫌いのヤツはめったにいないよ」・・川嶋さんに初めて褒められた気がした。◆今年の正月、箱根で過ごした。温泉の隣にサウナ室があった。中に入るとオジサンが6人入っていた。「この6人よりは先に出るわけにはいかないな」・・負けず嫌いの私は誰にも気付かれぬよう、そんなくだらぬ勝負を挑んでいた。「オレって負けず嫌いなんだな」・・くだらぬことを思い、川嶋さんの笑顔の指摘を思い出していた。... 続きを読む
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◎2017年01月13日 ---- ボス ◎
◎2017年01月13日 ---- ボス ◎
- 勢い
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「行け行けドンドン」・・・私の嫌いな言葉。調子に乗って深く思慮することなく行動に移してしまう様を表わす。若い経営者によく見られる。かつては私も若い経営者であったが、当時から私はビジネスで多少の追い風を感じても「「行け行けドンドン」にならないように注意していた。慎重に行動してきた。少しずつ会社は大きくなった。◆私が社会人のスタートを切った前田建設工業の当時の社長はもっともっと厳しかった。「石橋を叩いて『これなら大丈夫』と思っても、それでも渡らない。木の陰に隠れて、誰かが渡るのを見てそれから渡る。最初に自分で渡ってはいけない」そういうことをおっしゃっていたと聞く。若かった私は「それじゃ一番になれませんね」などと生意気なことを言っていた。◆あれから30年以上が経った。私も経営者になって20年以上が経った。時代も変わった。「行け行けドンドン」は相変わらずダメだが、「ひょっとしたら壊れてしまうかも」という程度の橋なら幾つか渡って来た。若い会社は慎重すぎたら大きくなれない。大きくならないと安定しない。◆私は今年で60歳になる。最近は「ひょっとしたら壊れてしまうかも」という橋を渡ることをビビるようになってきた。ビビッていたのでは大きくなれない。大きくならなければ安定しない。難しい問題が続く。... 続きを読む
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◎2017年01月12日 ---- ボス ◎
- 新元号
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天皇の生前退位がほぼ決まったようだ。2019年元日には今上天皇が退位し、現皇太子の浩宮徳仁親王が皇位に就くこととなるようだ。すでにその方向で国会は動き出している。西暦2019年は平成31年ではなく新しい元号での元年になる。新元号は平成30年の夏ころには発表されるらしい。◆僭越、不遜ではあるが、ここで新元号を予測してみたい。私は僭越不遜を承知で、そのような知的遊びを「大人の日本人」にはやってもらいたいと思っている。少なくとも、発表されたものを「あ、そうですか」と受け入れるのではなく「興味・関心」を持ってもらいたいのだが・・。◆さて、新元号、私の予想を始めよう。・・・・学者は恐らく文字の選択からはじめるのだろう。最後に残った幾つかから政治家に選んでもらう。私は経営者として学者連中とは別の視点で推測を始める。「最後に政治家が選ばないであろうものは最初から検討しない」・・・「M」「T」「S」「H」と続いたアルファベットの頭文字、これとは重ならないように配慮するだろう。2019年にはまだ多くの明治生まれの方々が頑張っている。頭文字「M」の重複もないだろう。私は「K」「N」「G」「R」に絞る。さらにこの中でも「K」か「R」だろう。「N」は「M」と発音が近い、「G」は濁音だ。選びにくい。だから「K」か「R」。◆さてここからやっと学者の発想を考えてみる。「明」「治」「大」「正」「昭」「和」「平」「成」・・・当然悪いイメージの文字はない。良いイメージの字でも例えば「空」「桜」「虹」などの具体的にイメージできる名詞は使われない。良いイメージの形容詞、形容動詞、そして動詞。・・・絞り込んだ◆「K」ならば「佳」「敬」「恵」「快」「開」「供」「建」、「R」だったら「隆」「立」「倫」「礼」「玲」あたりになる。「慶」や「麗」は画数が多く難しい。「共」は共産党のイメージがある。私はさらに五文字に絞り込んだ。それが「佳」「開」「建」「隆」「礼」だ。きっとこの五文字の内のどれかが新元号の上の字になるのだろう。◆みなさんも、こんな予想にトライしてみませんか? 予想をすると興味も増しますよ。「どうでもいいよ」じゃダメですよ。... 続きを読む
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◎2017年01月11日 ---- ボス ◎
- おかしくないか? 「賭けマージャン問題 飯塚市長と副市長、辞任」とのみだし
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市長と副市長、彼らは、「賭けマージャンをしたから」、その問題の責任を取って辞任したのか? 違うだろう! 「通常の勤務時間である平日の昼間にマージャンしていたことが問題」なのだろう! なぜ、そのように報道しない? なぜ「賭けマージャン問題」との見出しになる? ◆日本の報道各社は事件の本質を問わず、ことさら「自分のアタマで考えることのできない読者や視聴者」に対して、彼らが興味を引きそうな言葉で吊る。◆ 賭けマージャンをしたら市長を辞めなければならないのだったら恐らくこの国の市長の半分は辞任しなければならないだろう。 「この報道の仕方は おかしい!」と思わない情けない読者ばかりのようだ。
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◎2017年01月11日 ---- ボス ◎
- 「縦社会」を学んだ中学生時代
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昭和45年、佐伯市立鶴谷中学校に入学すると私は野球部に入った。小学生時代に「ちゃん」付けで呼んでいた1学年上の「お友達」は、中学生になった途端に「さん」付けで呼ぶべき怖い「先輩」に変わっていた。1年生にとって3年生は雲の上の存在。キャプテンから話しかけられとても緊張したことを覚えている。3年生は皆、1年生には優しかった。怖いのが2年生。◆野球部に入った同級生は30人を超えていた。夏休み明けまでは満足にキャッチボールすらさせてもらえない。外野のさらに後方で「声出し」と「玉拾い」の毎日。同級生は一人減り、二人減りしていった。最もイヤなのが雨の日。教室内で2年生が1年生を指導する。指導といえば聞こえが良いが実際は「しごき」と呼ばれていた。2年生による理不尽な説教とイジメが続いた。そこで「しごき」が行われていることは教師も知っていたであろう。その「しごき」が理不尽なイジメであることも知っていただろう。だが、その「2年生が1年生を指導する場所」には教師も3年生も入ってくることはなかった。◆一年が経ち、我々は2年生になった。新1年生が入ってきた。小学生時代に私のことを「もとみちゃん」と呼んでいた連中だ。中学生になったのにピリッとしない。やんわりと「オレはもう『もとみちゃん』じゃなくて『キノシタさん』なんだよ」と教えてあげた。雨の日は1年生を「しごく」立場になった。生来、心根の優しかった私は、自分がされた理不尽な仕打ちを下級生にすることは好まなかった。だがそれでも数人にはビンタを張るくらいの「しごき」はした。◆相変わらず私たち2年生をいじめ続ける3年生は1年生にはとても優しかった。自分は1年生に優しく接しておいて、2年生の私に「おい、キノシタ、お前ちゃんと〇〇を教育してるのか? あいつの挨拶の仕方はなんだっ!」などと言い、私は殴られた。3年生は2年生をいじめ、2年生は1年生をいじめる。3年生は1年生を可愛がる。1年生は2年生が大嫌いで、1年生にとって3年生は大好きな優しい先輩たち。そんな構図が続いていた。◆おそらく今の鶴谷中学校ではあんな「しごき」はないのだろう。ひょっとすると東京の学校のように先輩のことも「クン」付けで呼んでいるのだろうか? 私が育ったころの、理不尽な「しごき」のある時代の方がが良かったとは言えない。言えないのだが、あのころ私は縦社会の構図を覚えたのだろうと思う。悪いことばかりではなかったようにも思える。◆ ◆追伸:: 2年生のある日、何が原因だったか覚えていないが私は部室で正座をさせられ3年生から説教されていた。説教の終わりにその3年生が「キノシタ、 ビンタ10発がいいか?グラウンド20周がいいか?」と聞いてきた。「はい、ビンタ10発お願いします」と私は即座に答えた。当時、ビンタが最も楽な「しごき」だった。... 続きを読む
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◎2017年01月10日 ---- ボス ◎
- ひたむきな学生スポーツ
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この三連休に高校ラグビー、高校サッカー(男女)、高校バレー(男女)、大学ラグビーのそれぞれ決勝戦がテレビ中継された。学生たちの団体スポーツ、いずれも「One for all、all for one(一人はみんなのために、みんなは一人のために)」の精神が徹底し、ひたむきに勝利に向かって努力する。優勝する一校を除き、すべてのチームは努力かなわず負けて終わる。負けて、泣いても皆美しい。「やれることはやった。自分の力は出し切った」そんな思いが彼らを美しくする。テレビ画面を見ながら「今の思いを大切に、社会人になっても頑張ってよ。」と声をかける。◆「One for all、・・・」の精神を知らない者は社会人として無様な人となる。
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