‘ボス’ の記事一覧
◎2017年06月19日 ---- ボス ◎
- 日本人として、正義の人としての 矜持を持たない 政治家と役人ばかりの国
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加計学園問題に関係する登場人物。安倍総理・菅官房長官・萩生田官房副長官、加計学園の加計孝太郎理事長、前川喜平前事務次官、松野博一文科大臣、義家副大臣、文科省職員等々。さらに今回はそれを報じる新聞各社やテレビ各局も登場人物の一人だ。◆「あったものを 『ない』 とは言えない」と、リスクを負いながらも事実を公表した前川前事務次官の勇気と正義感には一国民として拍手を送る。もちろん私は前川氏ほど賢くないし努力家でもないが、正義感に関しては似たようなものを持っていると思っている。それから好奇心が強いところと少しエッチなところも似ていると思う。(失礼。前川氏はエッチではないかもしれない) 私も「お見合いパブ」なるところに興味があるし誰かに誘われたら行ってみたくもある。そして私もオカネで女性を買うような行為はしない。官邸と読売新聞と産経新聞は「お見合いパブ」に行った前川氏を、そのことで信用できない人と断じようとした。「教育に関する役所にいる者がお見合いパブなる場所に行ったという。そんな男の言うことは信用できない」などとみっともない攻撃を仕掛けた。読売新聞さん、産経新聞さん、あなたたちは日本人として、正義の人として、ジャーナリストとしての矜持をもっていないのか?まったく情けない。同じ理論で、読売・産経を利用して「あることが分かっているもの」を「ないもの」としようとした政治家の方々。情けない。◆これまで私はたいていの場合自民党を支持してきたが今回ばかりは許せない。自宅では産経新聞もやめた。もちろん都議選で自民党への投票もやめる。(自民党の政治家には素晴らしい方が多いことはよく知っている。彼らには申し訳ないが今回の御用新聞を利用した報道だけは許せない)◆今回の報道、読売と産経は明らかに失格だがテレビ各社はどこも偏ることなく冷静に報道していた。救われた。◆では役人はどうか?勇気ある、そして正義感の強い、現役の文科省職員が実名で「あります」と言ったことからやっと事実が表に出た。まともな国民は彼らに拍手を送る。ところが彼らのことを「バカだ」と言い張る方にこの週末あった。◆国土交通省に席を置くその人は私と話していてその文科省の話題になったとき「奴らバカなんですよ」と言った。「えっ?どうして?」と驚いて聞き返した私に彼は続けた。「あのねキノシタさん、あんなことはメモ残しちゃいけないの。口頭で厳しく言って『分かったな!すぐやれよ!メモは残すな!』で終わりですよ。国交省ではそうですよ、文科省はバカですよ」と彼はニコニコしながら言った。◆どうかしてますな、この国の政治家と役人と新聞は。... 続きを読む
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◎2017年06月13日 ---- ボス ◎
- 還暦祝いのメール
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LINE、Facebook、携帯電話メッセージ、メール、そして封書やハガキ。昨今、急に連絡手段が豊富になった。◆この日曜日に60歳になった。嬉しいことにいろんなルートで祝福のメッセージが届いた。月曜日の朝、スマホを起動させるとLINEに15通もメッセージが届いていた。中学、高校、大学の同級生。仕事を通して仲良くなった方々。ゴルフ仲間やキャディさんまで。銀座のママに六本木のオネーサン。ジャズミュージシャンなどなど。みな心のこもったメッセージ。本来なら一人一人に、即座にお礼のメッセージを返さなければならないのだが、ここのところスケジュールに追われ、余裕がない。許してください。◆やはり「60」という区切りは大きい。昨年までよりもメッセージを送ってくれた方が増え、メッセージの内容もかなり濃くなった。中でも女性からのメールが増えた。(これは多分、人畜無害なオジサンになったためでしょう) ◆女性は人を持ち上げるのがうまい。「益々世界が広がるご活躍をしていくのでしょうね」とか「仕事に遊びに、まだまだ頑張ってくださいね」だとか「たまには私も誘ってくださいね」などと書いてある。悪い気はしない。なかでも「ますます男前のアナタでいて下さいね」というのはお世辞と分かっていても60歳には嬉しい。さらに「艶やかで渋いイイオトコでいてね」というのまでいただいた。勘違いして舞い上がってしまいそう。危ない、危ない。◆「艶やか」という表現はいい。「還暦を迎えたオトコにとって最高の誉め言葉だな」・・ニヤニヤしながらそんなことを思っていた。 ゴルフしながら下ネタばかりをしゃべっていても「艶やか」と取ってくれる人もいる。人生まだまだ捨てたもんじゃない。「人畜無害」と褒められるよりは「艶やか」と褒められるほうが100倍は嬉しい。... 続きを読む
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◎2017年06月12日 ---- ボス ◎
- 還暦
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昨日(6月11日)還暦を迎えた。多くの方々からお祝いのメッセージやプレゼントをいただいた。ありがたい。申し訳ない。◆60歳。永いようで、それでいてあっという間でもあるような60年だった。苦労続きであったが、周りの人々に支えられ、幸運に恵まれた60年であったことは間違いない。感謝、感謝。◆小中高生の頃、校長先生はおじいちゃん先生だった。あのおじいちゃん先生は皆50歳代の半ばだったのだろう。(当時の社会は55歳定年制であった) 私はあのおじいちゃん先生をすでに数歳上回っているのだ。驚く。◆還暦になり、自分で自分に声をかける。「よく頑張ったね。疲れたろう。少し休ませてあげたいがもう少し頑張ろうな。体をいたわりながら、世のため、人のため、もう少しだけ頑張ろうな。だって誰からも頼られなくなったら寂しいぜ」
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◎2017年06月09日 ---- ボス ◎
- 無趣味
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読書が好き、ジャズが好き、ゴルフが好き、散歩が好き、映画が好き、お酒が好き、女性が好き、と言ってもどれを取っても中途半端。「すごく詳しい」わけでもなければ「なしでは生きていけない」ということもない。お酒などは「好き」だけどカラダが受け付けてくれない。そう、私には、これと言って誇れる趣味がない。多趣味は無趣味に近い、と思う。◆行きつけの居酒屋、六本木の名店「一億」で時々有名な写真家、渡辺達生さんとご一緒することがある。その渡辺さんが「キノシタさん、生前に遺影を撮っておきましょうよ」と誘ってくれた。昨年、母の葬儀で使う遺影に良いものが見つからず苦労していたので、私はそのお誘いに二つ返事で乗っかった。「キノシタさんの趣味や仕事にかかわるものとか、好きなものとか、なんでもいいです、キノシタさんらしいものを持ってきてください」と言われた。◆「撮影は1時間程度、少し余裕をもってスタジオに来てね」と言われていた。日曜日、予定時刻より10分ほど早くスタジオに入ると、私の前の方の撮影が行われていた。俳優の竹中直人さん。カッコいい。竹中さんはジャケットや帽子などを複数持っていき、それらを取り換えながら撮ってもらっていた。撮るほうも撮られる方もプロだが、緊張感は全くない。◆私の番になった。「キノシタさん、小物、なにか持ってきてくれましたか?」と渡辺達生さんに聞かれ「こんなものを」と言って私はヘリコプターの模型とゴルフのパターを見せた。「おっ、いいじゃないですか」渡辺さんは笑顔で写真を撮り始めた。さすがはプロ。私などでもそれらしい仕上がりになっていた。大満足。写真のデキはとても素晴らしいのだが、ヘリの模型を持つ姿やパターを持つ姿は、どこか自分に嘘をついているようで、後ろめたさを感じていた。遺影の準備はできた。とはいえ「いつ死んでもいい」という気はない。◆熱中する趣味を持ち、「キノシタさんといえば〇〇だねえ・・」などと言われるようになりたい。私はまた新たな趣味を探し始めた。多趣味は無趣味、と知りながらも懲りない私である。... 続きを読む
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◎2017年06月08日 ---- ボス ◎
- 〇〇〇不足問題への対応は報酬アップしかない
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最難関国家試験の一つ「司法試験」の合格者数は1990年までは500名程度であった。それが徐々に合格者数を増やし2000年には1000人に、2005年には1500人、2007年には2000人を超えた。20年弱で合格者が4倍以上になったのである。合格ラインを徐々に下げたのだ。超難関であった「司法試験」が最近では「それほど」になった。なぜ、合格ラインを下げたのか。原因はバブル経済時代にさかのぼる。景気が良く、特に都会では大きなカネが動いていた。弁護士の報酬もうなぎ上り。こういう社会情勢のなか司法試験に合格した者はみな「弁護士」を目指すことになる。検事や裁判官になろうとする者はほとんどいなかった。この「検事・裁判官不足問題」の解消のため司法試験のハードルが下がった。司法試験合格者を増やせば検事や裁判官を希望する者も増えるだろう、との役所らしい甘い考え。結果、アホな検事や弁護士が増え、弁護士といえどもいまや高級エリート職業ではなくなった。弁護士資格を持っていても食っていけない者がでてきた。「定員を増やすことによる『不足問題』の解消」は最も知恵のない解決策だと私は思う。◆どうすればよかったのか。簡単な話だ。検事や裁判官の給与を大幅に上げれば良かったのだ。それをやらないから、問題解決にその数倍のコストと時間をかけてしまい、結果がこの様。◆加計学園問題で初めて知ったが獣医師の世界もかつての司法試験問題みたいな状況のようだ。年間1000名の獣医師が誕生するが多くが都会の犬猫(ペット)病院に行き、地方の家畜や大型動物を診る獣医が不足している。地方の獣医の給与を思い切って上げれば解決する。それをやろうとせず加計学園に獣医学部を作り160名もの大量卒業生を出そうとしている。現状は全国で1000名の卒業生のところを、一気に160名も定員を増やそうというのだ。これは無理があるように思える。これは批判されてもしようがない。アホな獣医師が増えなければいいなと心配する。いっそ「加計学園出身獣医は四国内で獣医になること」を義務としたらいい。それなら世間の納得は得られるかもしれない。... 続きを読む
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◎2017年06月07日 ---- ボス ◎
- さらば産経新聞(2)
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「安保改正法案」に対し、考えの浅い学生が「戦争法案反対!」などと叫んでいた。朝日新聞も産経新聞も他の新聞も、それぞれの視点からこの法案を眺め、読み、社説を展開した。私個人は産経の論調に納得することが多かった。朝日と産経の意見が異なるとき、たいていの場合、私は産経よりの意見を持った。学生時代に読んだ 『左にいると「真ん中」も右に見える』という本の影響があるのかもしれない。◆新聞は各社で意見が異なって当然だと思うしそれが健全な社会を作ると信じている。そういう意味では殆ど同じ意見の「沖縄タイムス」と「琉球新報」が98%のシェアを誇る沖縄の状況は「残念」である。◆新聞各社がどのような意見を持っているかはさておき、少なくとも事実を表に出すようにしなければならない。それがジャーナリズムの基本だ。今回の加計学園問題において産経新聞と読売新聞の、前川前文科省事務次官に関する報道は、明らかに事実が表に出ないようにするための印象操作するための記事だった。「安倍政権を守りたい」という気持ちからだろうが、新聞として決して行ってはならない一線を越えた。私は30年間以上続けてきた産経新聞の定期購読をやめることにした。家人に「こんなふざけた記事を書く産経新聞はやめる。断っておいて!」と言い置いて自宅を出た。家人はびっくりしていた。「あなた、あれほど『産経が最もまともだ』ってずっと言ってたのに・・」などと不思議そうな顔をしていた。◆昨日までは「産経+日経」が毎朝我が家に届いていたが、今朝からは「毎日+日経」の二紙に代わった。「産経新聞にお断りの電話を入れましたよ」という家人は販売店に「どうしてでしょう?」と聞かれ「主人の会社で産経新聞を取ることになったので自宅では要らなくなった」と答えたという。「おいおいそれじゃダメだよ。『ふざけた情報操作をする産経新聞はもうやめる』と主人は怒ってましたよ、くらいは伝えてほしかったなあ」と家人に言ったのだが 「私はそんなことは言えません。物事は穏やかに、波風立てずに進めるのが一番よ」と諭された。◆そんなことはない。怒るべき時は怒るべきだ! 『あるものをないとは言えない』という前川前事務次官をマスコミが貶めるようなことを決して許してはならない。... 続きを読む
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◎2017年06月05日 ---- ボス ◎
- さらば産経新聞
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自宅では複数の新聞を取っているがこの三十数年間、産経新聞だけは欠いたことがなかった。「産経と朝日」「産経と毎日」「産経と読売」など他紙と読み比べるのが面白いし勉強になる。物事にはいくつもの側面があり世間には多くの視点がある。◆「マスコミは政治のチェック機構」などというが、私は「政府の応援団」的なマスコミがあっても良いと思っている。まさに産経新聞は「自民党政府の応援団」的な新聞である。◆だが加計学園問題での産経新聞の対応は、およそまともなマスコミとは言えなくなった。前川喜平・前文部科学事務次官への個人攻撃は看過できない。政府と一緒になって問題の本質をすり替え、臭いものにフタをしようという姿勢があまりにも露骨。◆おそらく安倍首相自身は本当になにもやましい気持ちはなかったのだろう。「圧力をかけた」つもりもないのであろう。だが安倍首相の取り巻き連中や役人たちは「忖度」したのであろう。どのような「忖度」があり、それはなぜ生じたのかを検証すべきだ。私個人的には「忖度」はあってしかるべき、とさえ思っている。物事にはいくつもの側面があり世間には多くの視点がある。◆だが、少なくともマスコミは「あったものを 『ない』 と言うこと」に協力してはならない。まずは事実を表に出し、それをいろいろな視点から論じるべきだ。善良な元役人を個人攻撃し、あったものをなかったとしようとしている産経新聞の定期購読を私はやめることにした。さようなら産経新聞。... 続きを読む
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◎2017年06月01日 ---- ボス ◎
- 安楽死を考えよう
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悲しい事件が新聞の片隅で報じられた。◆難病を患い入院中だった三男(1)を殺害しようとしたとして、殺人未遂罪に問われた母親(42)に懲役3年、執行猶予5年(求刑懲役5年)の判決が下された。母親は、難病で入院中の三男の口と鼻を両手でふさいで殺害しようとした。三男は一時心肺停止状態となったが、一命を取り留めた。三男の難病は遺伝子の異常によって体内で作られる酵素が不足し、発症する。通常3~4歳で死亡する例が多く、根本的な治療法はないという。 母親は10年前にも同じ難病を患う次男を4歳で亡くしていた。◆「病気で苦しむ子を殺そうとした鬼母」というわけではなさそうだ。今の法律では、どんな事情があろうが、人を殺めるという行為は許されない。私は「なんとかならないものか」と考える。この母親がかわいそうでならない。◆この母親、10年前に同じ難病で次男をなくしている。おそらく次男は、短い苦しいばかりの人生を送ったのであろう。母親は次男を懸命に看護したのであろう。次男が亡くなり、数年後に三男が生まれた。その三男がまた次男と同じ難病であった。母親はまた、毎日病院で可愛いわが子が苦しむ姿を見続けなくてはならない。一生懸命に看護しても、難病のその子は決して元気になることはなく、数年後には次男と同様に息を引き取ることは確定的。絶望以外のなにもない。◆「物心がつく前に、いっそのこと楽にしてあげたい」母親がそう思ったとして誰が彼女を責めることができるだろう。彼女を殺人未遂犯にする以外に方法はないのか?◆軽々と口にしてはならないとは承知しているが、わが国でもいろんな角度から、「安楽死」の制度を考えてみるべき時期になったと思う。心優しき殺人者を生む現状は悲劇だ。... 続きを読む
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◎2017年05月26日 ---- ボス ◎
- 名古屋駅通(なごやえきつう)
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国内出張を繰り返しているうちに二年ほど前、やっと名古屋駅新幹線ホームの通(つう)になった。◆名古屋駅の新幹線ホームにある「立ち食いきしめん屋」が大変旨いという噂を初めて聞いたのはおそらく20年以上も前のことだったろう。当時から年に二、三回は名古屋を訪れていたがなかなか食べる機会がなかった。「あっ、またあのきしめん屋に立ち寄るのを忘れてしまった」そんなことを思いながら帰路の新幹線に乗っていた。◆5年前、名古屋駅の新幹線ホームで帰路の「のぞみ」を待っているときにふと思い出した。時計を見た。「出発時刻までーまだ10分ある」私はきしめん屋に向かって走った。「急いで食べれば間に合う!」と。残念。きしめん屋「住吉」の前には順番を待つ列ができていた。◆それから数年。私は名古屋駅通になっていた。名古屋駅から新幹線を利用するときは30分程の余裕を持ってチケットを購入。待合室で赤福を買ったらすぐにエスカレーターでホームへ。乗車位置を確認し、きしめん屋「住吉」へ向かう。列ができてても慌てない。意外と回転が早い。券売機でチケットを購入したら静かに列に並ぶ。店に入るとまずセルフサービスの氷水を紙コップに注ぎ、空いている場所に立つ。おばちゃんにチケットを渡しながら台拭きでカウンターを綺麗にする。すぐにきしめんが出てくる。いつ食べても、何を食べても確かに旨い。食べ終わると大きな声で「ごちそうさまっ!美味しかった。」という。どんぶりをカウンター上の台にのせ、また台拭きで自分の食べた回りを綺麗に拭き取る。「来たときよりも美しく」はマナーの基本。入り口と反対側にある出口専用口から出て自分の乗車口へ歩く。◆今日もこれができた。「うん、オレも名古屋駅新幹線ホーム通になったな」そんなことを考えながら京都に向かっている。... 続きを読む
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◎2017年05月25日 ---- ボス ◎
- 実るほど頭(こうべ)を垂れる・・・
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P航空の営業マン、Tさんはよく私のところへ来てくれていた。Tさんはいろんな興味深い話を持ってきてくれた。そのTさん、人は良いけど営業マンとしては少しだらしないところもあり私は少し心配でもあった。ある日、TさんがNという男を連れてきた。P航空が新規事業を始めるにあたり「彼が適任だ」とTさんがどこからか引き抜いてきたのだと言う。「キノシタさん、私がNを鍛えますから可愛がってください」ニコニコしながらTさんはN君を私に紹介した。Tさんの期待通りNさんはすぐに素晴らしい業績を上げることになる。◆TさんがN君を初めて私のもとへ連れてきてから2年もたたない頃だった。その日もTさんは私のところにやってきて話をしていた。「キノシタさん、Nはすごいですよ。うちの会社の取締役になりました。私、あっという間に追い抜かれました」人の良いTさんは笑顔でNさんの出世話を語っていた。ちょうどそのときTさんの携帯電話がなった。「きっと、Nからですよ。ちょっとすみません。」と言いながらTさんは私の前で携帯電話に出た。「はーいTです。・・・うん? いまキノシタ社長のところにお邪魔してるの・・」のんびりとTさんがしゃべっていた。そこへ一喝。私にも聞こえるほどの大きな叱責声が聞こえてきた。私の前でTさんの態度が変わった。「はいっ!・・・はいっ! ・・わかりました。はいっ! 失礼します」・・・電話を切ったときのTさんの顔を今でも忘れない。顔面蒼白だが汗がだらだらと流れていた。TさんとN君の立場が逆転した瞬間だった。◆私はN君を理解できなかった。携帯電話を通しているのでN君には(私が耳を傾けているという)状況が分かっていなかったのかもしれないが、私の前で、いわば恩人であるTさんに恥をかかせるような言動をしたTさんを許すことはできなかった。私はP航空の社長Hさんとも親しかったのでやんわりとそのことを伝えた。私の話を聞いたH社長は「そうなんですよ。Nはドライなんですよ。ただNは確かに数字(売上)を上げていますからね・・。いやぁ、私もアタマ痛いですよ」と複雑な表情だった。私は徐々にP航空との距離を置くようになった。やがてH社長は解任され、数年後Tさんも辞めた。Nは最後まで残ったが結局解雇された。実力のあるN、彼がもう少し利口でTさんやH社長と一緒にP航空を盛り立てていれば状況は大きく違ったのだろうと思う。残念だ。... 続きを読む
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