◎2024年12月12日 ---- ボス ◎
- ミス・インターナショナル
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Yahooニュースに「2025ミス・インターナショナル」に関する記事があり大会の様子を映した社員が出ていた。私の独断だが「キレイだな」と感じた人がいなかった。◆日本人は総じてキレイじゃなくなったのか?私が歳を取り過ぎて美人の見極めができなくなったのか?流行が変わり今の「美」の基準と10年前の基準が変わったのか?◆いずれにしても私は「昔のミスインターナショナルのほうがキレイだった」と感じる。私が歴代最高のミスインターナショナルだと思うのは2007年のミスインターナショナル日本代表の白田久子さんだなあ。
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◎2024年12月11日 ---- ボス ◎
- 引っ越し完了。 さて・・・
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慌ただしい年末だ。10月下旬にニューヨーク~バンクーバーと出張。11月にはソウルへ。さらに茨城へ宇都宮へと出張が続いた。福岡で葬式もあった。その中で11月中旬には本社を移転。家庭では病人が出たり、大学時代の友人が亡くなったり。とにかく慌ただしい。◆私は忙しさにかまけ、下さなければならないジャッジの幾つかを先送りしてしまっている。経営者失格。トップ失格である。◆社長室に積み込まれていた段ボール箱がやっと無くなった。すっきりした。引っ越し完了だ。「さて、どういうジャッジをくだそうか」と思ったとき、あらためてジャッジすべきタイミングでジャッジできなくなっている自分に気づいた。◆幾つかの大きな決断を年末までにすることにしよう。
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◎2024年12月05日 ---- ボス ◎
- 悲しいクリスマス
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この時期になると必ず思い出す私の「悲しいクリスマス」の話。また今年も書く◆「サンタさんって本当にいるのかな?」と小学2年生のクリスマスまでは思っていた。それが私の最後のクリスマス。年が明けた正月3日、タクシー事故で父が亡くなった。我が家は急に貧しくなった。大分市から母の生家のある佐伯市へ引っ越した。引っ越し先は普通の一軒家の二階。「間借り」だった。一階はたまたま私の同級生、馬場君の自宅だった◆小学3年のクリスマス。「お父さんが居なくなったからクリスマスはないよ」と母に告げられた。私は驚いた。母の顔も悲しそうだった。あれから55年も経ったのに、あの日のことを思い出すと今でも涙があふれてくる◆12月25日、朝から友達がやってくる。一階が馬場君、二階に私が住んでいる。馬場君の家(1階)から声がかかる。「もとみクン。一緒に遊ぼうよ」。私が階段を下りて馬場君の家へ行くとすでに4,5人の友達が来ていた。皆それぞれにサンタさんからもらったプレゼントを持っていた。◆中の一人が私に聞いた。「もとみクンはサンタさんに何もらったの?」。私はなんと答えたのかはっきりとは覚えていない。彼が「あっ、悪いことを聞いちゃったな」という感じで戸惑っていたことを覚えている。そんなことでイジメなんておこらない。みんな優しかった。みんな優しかったが私はとても悲しかった◆あの辛く悲しいクリスマスが私の人生のスタートになっていることは間違いない。◆あのときの私のように「悲しいクリスマス」を迎える子供たちがいるはずだ。なんとか応援してあげたいと思っている。
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◎2024年12月04日 ---- ボス ◎
- 細かい事いう奴 イヤ
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バブルがはじけた頃、私はある会社の「取締役航空事業部長」という立場であった。50名いた航空事業部員をリストラするのも私の仕事だった。辛かった。◆リストラの一環で神戸に持っていた格納庫を売却することになった。まだ簿価は1億円を上回っている格納庫を3千万円で手放した。「As-Is(アズイズ)で3千万」で双方手を打った。足元を見られていることに不愉快であった。「現状私ですよ。瑕疵があってもこちらの責任ではありませんよ」口頭で何度も確認し契約書にもはっきりと書いた。私は神戸で受け取った現ナマ(現金)3千万円をスーツケースに入れ新幹線で東京の本社まで運んだ◆2週間もたたないうちに苦情の電話が入った。「トイレの便器と水道の蛇口が壊れています。郵便受けも壊れていました。修理に15万円かかります」などとふざけたことを言ってくる。「だから何度も確認したじゃないですか!契約書にも書いていますよ!」と私は少し怒った。私に電話してきた者は「はい、そうですね。うちの社長が『払ってくれるかもしれんからお願いしてみろ』というもんで連絡したのです。すんません」と言う。◆千万単位で値引きをしてもさらに5万、10万を値引きしろなどと要求してくるこういう品のない会社とはお付き合いしたくない、と思った。
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