‘ボス’ の記事一覧
◎2019年05月14日 ---- ボス ◎
- 答えの出ない問題は、すり替える「リフレーミング法」
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本屋で立ち読みをしていたら面白い文章に出合った。即、その本を購入した。その文章を紹介する。
「NASAが人類を宇宙へと送り込む計画を立てたとき、ある問題が発生した。無重力状態ではインクが下に落ちて来ないためボールペンが使えない。これでは大切な記録が残せない。NASAの科学者はこの問題に立ち向かうべく10年の歳月と100億ドル以上の予算をつけて研究を重ねた。そしてついに無重力でも書けるペンを開発した! 一方、ロシアは鉛筆を使った」
私は知らなかったが「有名なジョーク」らしい。このジョークが教えることが山ほどある。答えの出ない問題はフレーム(思考の枠)を替えてみることが大切だ。 - コメント (0)
◎2019年05月13日 ---- ボス ◎
- 佐伯鶴城高校(2)
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先日、「これまで誰にも話したことはなかった」と書いたが2015年10月23日のこの欄に以下の文を掲載していた。
私は大分県の佐伯鶴城高校という、田舎の、ごく普通の県立高校の普通科を卒業し、九州大学へと進学した。佐伯鶴城高校から九州大学へ進んだ同級生は10人程度だった。九州大学へ10名が進学するのだから「そこそこの進学校」と言うこともでき、10人しか進学できないのだから「あまりデキの良くない進学校」と言われたこともある。ちなみに同級生で東大に進んだ者はいない。京都大学へは一人行った。◆この程度の進学校ではあったのだが、私はこの佐伯鶴城高校の友人たちが極めて「文化的教養」の高い連中であったことを後に知る。同級生の多くは音楽を愛し、絵画を眺め、映画を楽しんでいた。魚釣りをし、城山に登り、恋をしていた。塾に通う者など殆どいなかった。私ですら教会へ通い、賛美歌を歌った。夏には花火大会と盆踊りを楽しみにしていた。多くの友人が私の家に泊まりに来、私も多くの友人の家に泊まりに行った。「大学入試」だけでは判定できない「教養」や「知的好奇心」或いは「いろんな経験」を持った者が多かった。◆九州大学へ進学した私は、佐伯鶴城高校の友人たちなら常識である文化的な言葉が通じないことを寂しく思った。その寂しさは社会人となり、さらに30年経ったいまでも続いている。佐伯鶴城の仲間なら皆知っているのに・・・!と◆先日、紀尾井ホールで『イ・ムジチ』のコンサートを楽しんだ。残念ながら私の大好きな「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」の演奏はなかったが、アンコールで「四季」の「秋」をやってくれ大満足であった。◆佐伯鶴城から九州大学へ進んだものは恐らく全員『イ・ムジチ』をよく知っている。「昨日、イムジチのコンサートに行ったよ」と言えば佐伯鶴城の卒業生の半分は「えっ、いいなあ!どうだった?」と聞き返してくる。ところが・・・・・・・・・・ダメだ!◆鶴城の卒業生であれば通じる音楽や絵画に関する常識語がこちらの世界では特殊な専門言語になっているようだ。文化的教養ある人が極めて少ない。◆私が進んだ九州大学の土木工学科の連中は誰も音楽や絵画へ興味を持っているようではなかった。算数や物理や化学はできるけど音楽や美術や体育はからきしダメ、という者が多かった。誰一人として『イ・ムジチ』を知らなかったろう。社会人になっても同じ。紀尾井ホールでイムジチの演奏を堪能した後、私は回りの部下や友人に「イ・ムジチ知ってる?」と聞いたが、残念ながら「イ・ムジチ」を知っている者は一人もいなかった。◆佐伯鶴城高校の教養レベルの高さに改めて感心した。私も佐伯鶴城高校に学ばなかったら、これほど音楽や絵画に興味を持っていなかったのかもしれない。音楽や絵画に興味を持たず、恋もせず、友人の家を泊まり歩かなければ、私は東京大学に進学し、まじめにお勉強をしていたことだろう。◆そうならなくて良かった。佐伯鶴城高校に感謝。運命に感謝。... 続きを読む
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◎2019年05月10日 ---- ボス ◎
- 佐伯鶴城高校
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大変失礼なことなのでこれまで誰にも話さなかった。九州大学工学部土木工学科に通い始めてすぐ、私は回りの同級生の知的レベルの低さに驚き嘆いた。「オレが来るべきところじゃなかった!」そんな思いが強くなった。◆確かに数学や物理学のテストでは点数が取れるヤツばかり。点数は取れるが、私から見れば「ガリ勉のお坊ちゃん」ばかりだった。彼らは何も知らなかった。文学も、絵画も、音楽も、そして女性のことも。高校時代にデートもせず、音楽も聴かず、古典も読まず、教科書と参考書と単語帳ばかりを眺めていたようだ。私が卒業した佐伯鶴城高校からは九州大学に10人程度しか合格できなかったが、私には九州大学の同級生よりも佐伯鶴城高校時代の同級生のほうがはるかに賢く知的に感じていた。◆知的ではない九州大学の同級生の中で私の成績はビリであり、1年留年することになる。自堕落な生活の5年間であった。自堕落な生活の5年間で私はさらに文学、絵画、音楽そして女性と親しんだ。これらの方面では同級生との差は開くばかり。そんな九州大学学生時代に時折、佐伯鶴城高校の同窓会があるとホッとした。彼らは皆、文学・絵画・音楽そして恋愛を楽しんでいた。いや、苦しんでいる者も多かったが皆、魅力的であった。少なくとも「ガリ勉のお坊ちゃん、お嬢ちゃん」はいなかった。佐伯鶴城高校出身ということは私の誇りであった。優しい先輩たち、可愛い後輩たちもみな頑張っていた。◆40年経った。「関東佐伯鶴城高校同窓会」が二年に一度開かれる。参加者は100人を超える。今年は明日5月11日。佐伯市からは同窓生である市長も来られる。◆私は「関東佐伯鶴城高校同窓会」の副会長に任命されることとなった。固辞したが許してもらえなかった。明日の同窓会で発表される。名誉なことではあるが実はかなり気が重たい。◆そして、こんなことを書いた今夕は九州大学土木工学科の同窓会。楽しみだが、こんなことを書いてしまって少し気が重い。九州大学の同級生が誰もこの文を読んでいないことを祈っている。... 続きを読む
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◎2019年04月26日 ---- ボス ◎
- 美人が減った!
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日本全国、48都道府県すべてに宿泊した経験がある。その殆どが若いころ仕事で訪問したものだ。あの頃は元気だった。出張先で空いた時間を利用して美術館に足を運び、その地方の安くておいしいものを探して食べた。インターネットもスマホもないころに、いろんなルートで情報を収集していた。「今年は寿司」と決めると出張先では寿司ばかりを食べ、勝手に「全国おいしい寿司の県ランキング」などを作っていた。「ラーメン」の年もあれば「蕎麦」のときもあった。とにかく、あちこちへ足を運んだ。地元の人とできるだけ多くの言葉を交わした。楽しい思い出でもあり、それが財産になった。◆その都市の美人度を探るのには駅前の大きなデパートの化粧品売り場へ行くのが一番だった。デパートの化粧品売り場は1階にあることが多い。あの頃は、デパートの化粧品売り場のオネーサンとJAL・ANAのスチュワーデスさんはきれいな人が多かった。バブルが崩壊しJAL・ANAから美人スッチーは減ったがデパートの化粧品売り場はまだ頑張っていた。と、思っていた。それが・・・◆先日、銀座通りを歩いていると小雨が降ってきた。地下鉄駅に向かっていた私は雨を避けるため松屋デパートに入った。デパートを通り抜けして銀座駅に向かおうと思った。松屋1階の化粧品売り場は非常に広く明るい。店員は洗練されてみな美人であった・・はずだった。いや、そうではなくなっていた。JAL・ANA現象が起きていた。数年前と比べると確実に美人が減った。「どうしたことだ?」疑問に思った。「化粧品業界は不況なのか?」歩く速度を落とし、観察し、すぐに答えを得た。◆急増するインバウンド客に備え、それ用の店員が増えたのだ。化粧品売り場店員としての採用基準が変わってきたのだろう。中国や韓国やタイ出身の女性もいるのだろう。◆環境変化に臨機応変に行動する。JAL・ANAやデパートから美人が減ったのは寂しいが、「キレイ」というだけで仕事が与えられていた時代の方がおかしい。◆いろんなところに足を運び、きょろきょろと眺めていると、新しい発見や発想が生まれてくるものだ。人と話すことを嫌い、コンビニ弁当ばかり食べ、下を向いて歩き、スマホを眺めてばかりいたのでは楽しい情報は届かないし柔らかい発想も生まれない。... 続きを読む
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◎2019年04月22日 ---- ボス ◎
- 「なにかいいことないかなぁ?」
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「なんか、いいこと、ないんか?」私の口癖である。いつもそう思っている。現状に満足してないのだろう◆この週末、めずらしく土日ともゴルフの予定がなかった。ラウンドしない土曜日は練習。私は行きつけの幕張の打ちっぱなしまで行き、練習した。帰りに久しぶりにコストコに寄った。育毛剤「リアップ5」が安く手に入る。薬やお菓子なども買って、その後会社に立ち寄った。少し仕事をしたのちに気付いた。「あっ、財布がない!」財布だけではない。財布を入れたバッグがない。現金、クレジットカード、キャッシュカード、免許証、保険証、各種プリペイドカード・・・大切なものが全部なくなった。焦った。ドキドキした。気分が悪く、吐きそうになる。急いでネットで「コストコ」を検索しお客様サービスセンターへ電話する。事情を話した。「確認して、こちらから折り返しご連絡します」と言われて電話を切ったが40分経っても連絡がない。「連絡がない、ってことは落とし物として届いていないってことだろうな」そう思って諦めかけていたところに電話が鳴った。◆あった!見つかった。私は車で30分、幕張のコストコまで急いで戻った。従業員が拾ってくれていた。お礼を渡そうとしたが固辞された。「その分、またコストコでお買い物をお願いします」と笑顔で言われた。嬉しかった。◆「なんか、いいこと、ないんか?」との口癖を少し反省した。どん底まで突き落とされ、元の場所に戻ったら、元の場所は天国のように感じる。「悪いことがあった一日」だったが、私には「とてもよい事があった一日」のように感じた。... 続きを読む
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◎2019年04月17日 ---- ボス ◎
- おめでとう、海老澤力クン。
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海老澤クンは当社の専属社員第1号。それまでは他社と兼任のお手伝い社員数名であったエアロファシリティーだったが専任社員を置くことで引き締まった。だが、若い新入社員の彼は失敗も多かった。◆お客様との食事の最中に飲み過ぎて眠ってしまう失敗があった。会社の車を運転していて赤信号で眠ってしまって、その後急発進して前の車にぶつける失敗もあった。前夜の深酒で、朝起きることができずお客様とのゴルフに3時間も遅刻したこともあった。その都度私は激怒した。大声を出して罵倒した。彼は大きく落ち込んでいた。だが彼は、すぐに這い上がってきた。「自殺でもされたら困るな」と心配していたこちらが呆れるくらい立ち直りは早かった。少人数の会社、いつまでも叱られたことでシュンとされていたのではかなわない。彼の立ち直りの速さは私にとってもありがたかった。そうして彼はいくつもの失敗を繰り返し、その都度確実に成長した。今では私が最も信頼する我が社のホープに成長してくれた。◆土曜、日曜、私はゴルフに行く。その帰りに会社に立ち寄る。いつ寄っても海老沢クンが仕事をしている。「エビちゃん、そんなに忙しいんかい?無理すんなよ」と私は優しく声を掛ける。「ええ、あと少しですから」彼は明るく返事を返す。そんな週末がここ数年続いていた。「おい、仕事もありがたいけど、嫁さんもらうことも考えないとな」いつもけしかけていた。◆先々週の日曜日、いつものようにゴルフ帰りに会社に立ち寄ると、いつものように海老沢クンが一人で働いていた。「キノシタさん、お話があるのですが」神妙な顔をして彼がやってきた。私はなにか大きなミスでもあったのかと構えた。「あのー、私、やっと結婚することになりまして・・・」◆嬉しかった。「そうか、良かった。・・・・」◆ヘリコプター業界で海老沢クンのことを嫌うヤツはいない。誰からも好かれている。とにかく一生懸命に頑張る。自分のことよりもお客様。みんなに祝福されることは間違いない。おめでとう、海老澤クン。これからもよろしく。◆海老沢クンが、昨日、無事に入籍した。... 続きを読む
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◎2019年04月17日 ---- ボス ◎
- マスターズの松山英樹
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タイガー・ウッズの優勝で「めでたし、めでたし」と終わった今年のマスターズ。日本勢は36年ぶりに3人が決勝に進出したものの不甲斐ない結果に終わった。松山英樹には期待も大きかった分、その結果には落胆した。「あんなに練習する人を知らない」松山を知るすべての人が口にする。ゴルフに向いた柔軟でかつ強靭な肉体を持ち、世界の誰にもまけないほどの練習の虫がなかなか勝てない。◆落胆で終わった後、解説の中嶋常幸が松山にアドバイスしていた。「そろそろ専任のコーチを付けることを考えてみたらどうだろう?」と。タイガーだろうとミケルソンだろうと、全盛期の中嶋だろうと、皆専任コーチを付けている。テニスの錦織だろうと大坂だろうと、或いは水泳選手だろうと、個人競技も今はコーチを付ける時代。コーチなしで独学で頑張っているのは松山の他はマラソンの川内優輝くらいなもの。中嶋のアドバイスに従うべきだろう。素人ながら、そう思った。◆もう一つ、素人ながら思ったことがある。「松山クン、専任でなくてもいいのでスタイリストを付けなさい。あなたの服装は今年のマスターズ参加選手の中で断トツの最下位です。CMに出てくるときはそこそこカッコいいのに、試合のあなたは最低です。これでは『日本人ってだダサッ!』と世界中から思われてしまいます。◆奥様帯同の小平選手の服装はオシャレでありましたが、松山の服装はあまりにもひどい。スタイリストを付けて、それなりの服装になればプレーももっと決まりそうな気がする。... 続きを読む
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◎2019年04月16日 ---- ボス ◎
- ヘリコプターの日
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昨日、4月15日は「ヘリコプターの日」であった。記念日ではあるが我々ヘリコプター業界にいる人間でもほとんど知らない。もちろんお祝いの会もない。そんな寂しい「ヘリコプターの日」だが実は私はほんのちょっぴり感慨に浸る。◆歴史上の「天才」と呼ばれる人は無数にいるが真の天才はレオナルド・ダ・ビンチとアインシュタインの二人だと私は思っている。エジソンがいなくても1年後には電灯は灯っていたろうし、ベルがいなくても3か月後に電話はできていた。スティーブンソンがいなくてもやがて蒸気機関は完成したし、ライト兄弟がいなくても飛行機はすぐに飛んだだろう。だがダビンチがいなければ果たして現在の飛行機やヘリコプターはあったのだろうか?アインシュタインがいなければ恐らく人類はいまだに月には行けていなかったろう。◆ダビンチの誕生日4月15日が「ヘリコプターの日」であり、そのヘリコプター業界の中に生きることに私はプライドを持っている。◆今年はダビンチが亡くなってちょうど500年になる。500年も前にあんな天才が産まれていてくれたことに感謝する。... 続きを読む
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◎2019年04月15日 ---- ボス ◎
- マスターズ終わる
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毎年、マスターズの決勝は会社の自室のテレビで観ている。月曜日は8時半から会議が控えているため、終盤がギリギリ見られるかどうか。昨年は8時20分頃決着した。さて今年は・・と楽しみにしていた。プレーオフにでもならない限り恐らく会議までには決着が着くと踏んでいた。◆私の計画は日曜の夜、早めに就寝。月曜は午前3時半に起き、6時頃までは自宅でテレビ観戦。6時過ぎにクルマで会社へ移動。もちろんクルマの中でもテレビ観戦は欠かさない。6時半からは会社のテレビで観戦。というものだった。◆果たして3時半に起きテレビを付けた。テレビに映っているのは万歳をするタイガー・ウッズだった。14年前の映像にしてはタイガー頭髪が薄い。画面の右上には「タイガー、復活の優勝!14年ぶり」などと出ている。どういうことなのか理解できなかった。◆「天候が荒れるとの予報が出たため、決勝は例年より大きく繰り上げてスタートしました」とテロップが出る。「そういうことか」納得した。タイガーが勝った。嬉しい。だが、もしライブ中継で観ていたら固唾を飲みながらタイガーを応援し、一喜一憂を楽しめていたのに・・。残念。とても残念。それでもタイガーの復活は嬉しい◆マスコミがこぞってタイガーを批判していた頃も私は一言もタイガーのことを悪くは言わなかった。タイガーをかばい続けた。本当に嬉しい。おめでとうタイガー。... 続きを読む
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◎2019年04月12日 ---- ボス ◎
- ふるさと納税
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高校の同級生の多くは地元、佐伯市を離れている。私も高校卒業と同時に佐伯市を出た。私を育ててくれた佐伯市にほんの少しでも恩返しをしたい、そう思って「ふるさと納税」という制度ができたころから佐伯市へ送金していた。数年間続けたが我が故郷、佐伯市のあまりにも情けない対応にアタマに来ることがあり、それ以来やめた。◆大阪府泉佐野市では返礼品としてアマゾンのギフト券を送って納税額を増やしてきたという。情けない、恥ずかしい話。民度が知れる。まだ、我が佐伯市のほうが知恵はなくても道徳観でははるかに勝っている。◆そもそも「ふるさと納税」の趣旨は名前のとおり、自分が育った故郷への恩返しであったろう。ところが国民の善意を信頼していたため総務省は細かいルールを定めなかった。そうすると、こずるい泉佐野市のようなところが「ルールブックに書いてないことはなんでもやっていいんだ」とばかりにカネ集めに走った。日本中のこずるい、卑しい、輩が「ふるさと」とは全く関係なく「節税」のために泉佐野市へ送金する。くだらない◆総務省がルールを明確にしようと動き出したら、言うに事欠いて、その総務省に対し泉佐野市が「踏み絵を踏ませるのか!」と息巻いているという。みっともないことは止めるべきだ。市民が「もう、やめましょうよ」とまともな声をあげるべきだろう。上げないとなれば泉佐野市民の民度の程度が日本中に知れ渡ることになる。... 続きを読む
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