‘ボス’ の記事一覧
◎2014年10月10日 ---- ボス ◎
- 村上春樹さん、残念!
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ストーリーは全く覚えていないが読み終えたときにそのサラッとした洗練された文章の美しさに感動していたことは覚えている。素晴らしい読後感。私がそれまで知らなかった感覚であった。学生時代「風の歌を聴け」を読んだときのことだ。それ以来、彼の作品はすべて読んできた。◆だが実は私にはこの村上春樹の作品の面白さが分からない。文章が綺麗で、とくに会話文が好き。主人公はドライで都会的。私の回りにはいないタイプの者ばかり。各々の物語の奥や裏に、深い深いテーマや主張があるのかもしれないが私には分からない。面白くないストーリーを魅力ある文章力で読ませてしまう。そんな作家は村上春樹の他にいない。◆だらしない文章でもストーリー展開の面白さで読ませてしまう百田尚樹と対照的。それならば文体も確立しストーリーも面白い宮本輝の方が総合力では上だと私は思うのだが・・。残念ながら宮本輝は駄作も多すぎるのかもしれない。◆村上春樹がなぜ海外でも受けるのかが理解できない。日本語を理解する人間にとってのみ面白い作品だと思うのだが・・。どうしてノーベル文学賞の候補になるのか分からない。◆と、ここまで書いてふと思った。先ほど「面白くないストーリーを魅力ある文章力で読ませてしまう。そんな作家は村上春樹の他にいない。」と書いたがもう一人いたことを思い出した。そうだ、川端康成もそうだった。どうでも良いストーリーをきれいなきれいな表現力で読者を物語の中に引きずり込む。読み終わった瞬間には充足感で満たされる。だけどストーリーは面白くない。映画化されても誰も喜ばない。そしてその川端は日本最初のノーベル文学賞受賞者だった。◆あーあ、村上春樹さんが今年もノーベル賞を受賞できなかったことを残念に思っていることを伝えたいと書き始めたが文章力のない私が書くと、このように彼のことを貶すような文になってしまった。残念! ごめんなさい。... 続きを読む
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◎2014年10月10日 ---- ボス ◎
- 部下を叱る
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仕事量が増えてきたので今年六月に近所のビルに分室を開設し、ヘリポート事業部をまるごとそちらへ移動させた。その分、本社には余剰スペースが生まれた。その余剰スペースは来年年初までに新応接会議室として改築される。◆新応接会議室の改築に関してTクンを担当者に指名した。Tクンにこの新応接会議室を最も有効に利用してもらいたい、いずれはこの会議室の主役に育ってもらいたいとの期待もある。◆今朝、そのTクンが私の部屋に入ってきた。「昨日、新応接会議室の改装工事の見積もりが届きました」という。「ほう、いくらなの?」と聞く私にTクンは「○○○万円です」と答える。「えっ?それは高いねえ」と私が言うと「高いですか?」とTクンが答える。「内訳は?」と聞くと「これが内訳書です」と見積書をそのまま出す。こまごまとした数字が並んでいる。私は見積書に目を通すことをせず、Tクンを座らせ、注意を始めた。◆私:「キミはこの改築工事の担当責任者だよ。」 T:「はい」 私:「その見積もり書はいつ届いたの?」 T:「昨日です」 私:「見積書が届いたらそれを見て『高い』とか『安い』とか、ある程度自分の意見を持たなくちゃね。」 T:「はい」 私:「内訳書を吟味し、この部分は削除してもいい、ここは他の業者の方が安いんじゃないだろうか、とかいろいろ考えなくちゃね」 T:「はい」 私:「キミの態度は担当責任者の態度ではなくただのメッセンジャーだよ。担当者なら自分の考え意見を持たなくちゃ」 T:「はい」 私:「今回の場合だったら事前にどの程度の金額が出てくるのかをキミの過去の経験から予想しておく。そして見積もり金額の総額が『高い』と思ったらそれを吟味し、解決策や対処方法を探る。ABC三つくらいの対処案を自分なりに考えてオレに示す。ね?」 T:「はい、以前も注意されました」 私:「『担当者としてABCの三つの解決方法を考えましたが私としてはAが一番良いと思うのですが。なぜなら・・・』っていうような報告を聞きたいのですよ。別に書面にする必要なんてない。『担当者の意識、担当者の意欲、担当者としての責任』が欲しいんだよ。」◆Tクンは「すみません」と頭を下げ私の部屋を出て行った。◆当社の職員はみんな具体的に指示されたことは一所懸命にやる。「明日までにこれをやって」と上司からお願いされれば徹夜してでもこなす。ところが具体的な指示をしなければみんなメッセンジャーになってしまう。「おいおい、それじゃあ高校生のアルバイトでもできますよ」と部下を注意することが多い。◆ときどき開いている異業種交流会で社長さんたちが「指示待ち症候群」という言葉を使っていた。とにかく今の若者は頭が良くてもこの「指示待ち症候群」が多いという。うちの会社にも「指示待ち症候群」が広まりつつある。うまいワクチンがないものかとこちらは本気で探している。夜も眠れないくらいに。... 続きを読む
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◎2014年10月03日 ---- ボス ◎
◎2014年10月03日 ---- ボス ◎
- 激怒 そして 新しいアイデア
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「年のせいでしょうかねえ、穏やかになりましたね、社長。最近は大声で怒鳴ることもなくなりましたねえ」と言われていた。自分でもそう思っていた。会社が大きくなり少し安定してきたこともあるがそれよりも部下たち各々が成長してくれたおかげと思っていた。ところが・・・。◆昨日、爆発した。御嶽山ではない。私が爆発した。ブチ切れた。どいつもこいつも・・・。◆我が社は技術を売る会社。知恵と気配りを売る会社。ところが・・・。自分の会社の持っている特許技術を誰も理解していない。特徴も長所も使い方も知らない。せっかく素晴らしい技術と製品があるのにそれを使おうとせず、アタマの悪い、小学生でも思いつくようなことをお客様に提案しようとしていた。情けない。◆「もう一度、事業部全員で勉強会をしろ!」と久しぶりに大声を出した。大声で怒鳴ったが、それでも収まらずカリカリしていた。なんとか気持ちを落ち着けようと思い大音響でレコードを聞かせる行きつけのジャズ喫茶に行った。いろんなことを考えていた。怒りは少しずつ収まってきた。
◆問題となった工法のことを考えていると、また違ったアイデアが浮かんできた。うん、これは使えるかもしれない。面白い。当社8つ目の特許になるか。... 続きを読む
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◎2014年10月02日 ---- ボス ◎
- 人生を豊かにする3つの道具
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若い人と話すことが多い。息子や娘の友人であったり、バーのボーイであったり、或いは当社の門を叩いてくる学生だったり。若い人と話すのは楽しい。◆「みんな夢を持っている」と書くとウソになる。私もそうだったが「若い」からといって、みんなが夢を持っているわけではない。大した夢のない、現実的な若者のほうがはるかに多い。夢と言ってもささやかな「優しいキレイな女性を嫁にしたい」程度のヤツが多い。そのことをダメだとは言わない。「夢を抱けよ」とは言わない。「夢を抱けよ」とは言わないが「希望を失うな」とは言いたい。◆若い人と話すと自分の若かった頃を思い出す。「あのころは楽しかったなあ」との思い出が幾つも湧いてくる。「思い出の多い人生が幸せな人生」と信じて生きてきた。そのことに関しては近々また述べることにしよう。◆さて、今日の話題は「若いころに覚えておくと人生を豊かにする3つの道具(技術)」について。私は第1に「英会話」、第2に「自動車の運転」、そして第3に「ゴルフ」をあげる。この3つを若い人には強く勧めている。◆間違いなく私の人生は「自動車の運転」と「ゴルフ」によって交際範囲と活動範囲が広まり、幸せの度合いが深まった。そして同時に「ああ、若いころにもう少し英会話を頑張って習得しておけばもっと幸せな人生だったろうな」と思い後悔している。◆シカゴ~ナッシュビル~サンフランシスコと回った今年3回目の米国出張から戻ってきた。今回も「英会話」で苦しむ旅となった。◆あなたが思う「人生を豊かにする3つの道具」はなんですか?... 続きを読む
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◎2014年10月01日 ---- ボス ◎
- 幸せ
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かつて私の部下に小椋さんというキレイで優しくとても仕事のできる女性がいた。その当時、隣のヘリコプター会社に田内君というこれまた優しく真面目な男がいた。田内君はヘリの整備士だった。そしてその二人が結婚した。十数年前のことだ。◆姓が田内に変わった小椋さんは子供ができ私の会社を去ったがこの夫妻とはその後も時々連絡を取っていた。田内君は整備士を辞め、別の仕事を始めていた。若い彼には怖いものがなかった。小椋さんは笑顔で彼を見守り応援していた。だが残念ながら彼の仕事は順調とは言えないようだった。たまに会うと暗い顔をしていた。いや、彼が明るい作り笑顔をしているのが私には読めた。◆2年前、「うちで働かないか」と声をかけた。彼は「働かせてください」と頭を下げた。もともとのヘリコプター整備士の知識を生かして当社で働く彼に笑顔が戻ってきた。10年近く遠回りをしたのだから一人前になるにはまだ少々時間がかかりそうだが間違いなく誰よりも頑張っている。その彼に昨日エレベータの中でくだらない質問をした。◆「オマエ、人生でいつ頃が一番幸せだった?」と私が聞くと彼は躊躇なく「私は今が一番幸せだと感じています」と返してきた。「へえ、そうなの。いいねえ。」とさりげなく答えたのだが、実は部下のこういう返事を聞いて私は、とても、とても、とても嬉しかった。◆ふと田舎で一人暮らす母を思い出した。もう十数年前のことだ。なにを話していたのか覚えていないが「私はとても幸せよ」と母が笑顔で言った。あのときも、とても、とても、とても嬉しかった。◆だが残念ながら80歳を超え痴呆の初期症状があらわれている今の母はとても「幸せ」ではなさそうだ。悲しい。... 続きを読む
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◎2014年09月30日 ---- ボス ◎
- 海賊とよばれた男
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遅ればせながら昨年の本屋大賞『海賊とよばれた男』(百田尚樹)を読んだ。面白い。さすが本屋大賞受賞作。相変わらず百田の文章はプロの物書きとしては冗長でだらしないのだがストーリーテラーとしては天才的。読み手をぐいぐいと物語の中へ引き込む。緻密綿密な取材によって出光興産の創始者出光佐三(主人公:国岡鐵造)の、熱い男としての生きざまを生き生きと伝えてくれる。◆縁ある人に応援され、若くして起業し、幾つもの苦難にぶつかり、それらを必死に乗り越えようとし、もうダメかと思ったその都度また誰かに助けられる。私にはまさに自分のことのように鐵造の思いが伝わってきた。思いが伝わるというよりも私が体験したかつての同じような状況を思い出していた。◆鐵造の息子昭一は都立一校に学んでいたが志望する大学に入ることができず二浪してしまう。『鐵造は、半分は自分のせいだと思った。・・ただひたすら国岡商店を立て直すため、店員たちを食わせるためだけに死に物狂いで奔走した日々だった。家族に目を向ける余裕はなかったし、家で寝ていてもうなされることはしょっちゅうだった。そんな父を目の当たりにしている息子に、勉学に身を入れろと言うほうが難しい』・・・・・私は読みながら「ああ、これもオレと全くおんなじだ」と、我が息子の二浪が確定した日を思い出していた。◆本筋とはずれるのだがエンターテナー百田が読者に面白いプレゼントをしていることに気付いた人は少ないだろう。映画で時々使われる演出を彼はこの小説でためしている。あの『永遠の0』の主人公「宮部」をちらっと登場させているのである。さてこの『海賊とよばれた男』が映画化されたとき岡田准一クンがちらっと出演するのだろう。◆残念に思うのはこの大変大変面白い小説の題名。なぜ「海賊とよばれた男」などとセンスないタイトルにしたのか私には理解できない。もったいない。... 続きを読む
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◎2014年09月24日 ---- ボス ◎
- ナッシュビル
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米国に入って5日目である。日本で仕事に追われている部下たちには申し訳ないが今回は視察が中心の楽な出張である。「航空医療学会」がナッシュビルで開かれておりそれに参加した。私以外にも10人ほどが日本から参加している。彼らは真剣に、あちこち駆けずり回り、いろんな講習をうけている。◆私は昼間は時差ボケで苦しんでいるが夜になると元気。なんと言ってもナッシュビルは音楽の聖地。ダウンタウンには生演奏をやっている音楽バーが軒を連ねている。そしてどこも入場無料。入店して7ドル程度のビールを頼めば何時間でも聴いていられる。混雑した店では何も頼まずにタダで音楽を聴いて帰るものも多い。◆カントリーウエスタンが多いがブルース専門のバーもあれば派手なロックを大音響で演奏している店もある。◆私は普段から銀座でハシゴしているのでナッシュビルのハシゴも慣れたもの。今夜も生演奏バーを5軒ハシゴした。日本から来た業界の仲間たちも2軒目まで付き合ってくれたが真面目な彼らは明日の講義の準備のために10時過ぎにホテルへ帰って行った。時差ボケで眠れない私は一人で幸せな気分を味わった。◆これまで訪問した米国の都市は30ほどあるがナッシュビルが最も好きな都市になった。... 続きを読む
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◎2014年09月19日 ---- ボス ◎
- 金比羅山
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17日(水曜)、香川へ一泊出張だった。当社が施工した、竣工間もない香川大学病院ヘリポートを視察しお世話になった病院関係者への挨拶が目的であった。夕方に高松に入り、当社の工事担当の安(あん)クンと高松で一杯やり翌日の朝9時の飛行機で帰京する予定であった。◆「もったいない。せっかく香川に行くんでしたら是非、こんぴらさんに参って来てくださいよ。素晴らしいですよ。」・・・私の出張の予定を知ったマックスラジアン(株)の小野さんが強く勧めてくれた。私と安クンは急遽、宿を金比羅山の麓に替えた。私は飛行機を午後の便に予約変更し、琴平温泉の安宿で安クンをねぎらいながら楽しい酒を飲んだ。安クンも一緒に金比羅さんを参りたかったが「明日は富山で打ち合わせが入っています」ということだった。◆金比羅さんは予想以上に素晴らしかった。何とも言えない神々しい感じ。「もう一度、ゆっくり来たい」と強く思った。◆かわいそうに、安クンは早朝5時に宿をチェックアウトし、バスで高松空港へ向かっていた。◆私は今夕、山本クンと一緒に米国出張に向かう。帰国は28日。... 続きを読む
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◎2014年09月17日 ---- ボス ◎
- 出張
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つい数年前までは出張の前日は準備に追われ大変だった。お客様へ提示する資料を作り、航空券を購入し、レンタカーの予約をした。出張先ではお客様から宿題をいただき帰京後すぐにその宿題をこなした。私が行かなければならなかった。いつも緊張していた。それが私の仕事だった。◆ここ数年で部下たちが大きく成長してくれた。緊張する出張はすべて部下たちが私に代わって引き受けてくれるようになった。私は偉くなったような感じ。私が行かなければならない出張はなくなった。◆どうしても行かなければならない出張がなくなった。緊張する出張がなくなった。最近の出張は情報収集を目的とするものが多くなった。視察や業界の親睦を目的とするもの、あるいは各地で頑張る部下たちを激励しに行くものが多くなった。随分と楽になった。◆今日からしばらく出張が続く。カラダは少ししんどいが緊張もなく準備も楽。私が楽になった分だけ、いやそれ以上に部下たちが緊張する出張を引き受けてくれていることを忘れてはならないな。感謝。... 続きを読む
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