‘ボス’ の記事一覧
◎2015年11月05日 ---- ボス ◎
- 拉致被害
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佐伯鶴城高校の普通科の同級生は7クラス280名。子供の頃から交友関係の広かった私は、卒業するころには同級生の全員を知っていた。280名のうち半数は小学校か中学校での同級生であったから、高校の同級生のほとんどすべての者が友達の友達であった。◆卒業するころには「全員を知っている」と思っていたが、アルバムを見てどうしても思い出せない同級生が一人だけいた。今津淳子さんという名のその方だけ、思い出せない。一緒のクラスにはなっていない。高校時代には知っていたのだろうか?話したことはあるのだろうか?◆その、たった一人の、私の記憶にない同級生、今津淳子さんが北朝鮮による「拉致の疑いが濃厚」78人のリストに載っている。◆「昭和60年4月30日、休暇を取って大宮の運転試験場へバイクの免許を取りに行った。同日7時頃、寮の同僚に『これからバスで帰る。何か買い物はないか』と電話連絡したまま消息不明。警察は公開捜査を行ったが目撃証言もなく安否につながる情報もない。同日21時頃最寄りのバス停と寮の間の民家の人が犬が激しく鳴くのを聞く。翌朝その家の人が畑の中に今津さんの両方の靴を発見。『北朝鮮にいる』という情報がある。」・・・と特定失踪者問題調査会の報告書に書かれている。◆私の記憶にない同級生ではあっても、彼女は多くのルートで私の「友達の友達」であることは間違いない。早く、無事に、帰ってきて欲しい。◆記憶に残っていないし、親しくもなかったが、彼女が帰って来たら空港まで駆けつけたい。苦労を重ねた、高校の同級生。なにか言葉をかけてあげたい。◆早く、無事に、帰ってくることを切に切に願っている。
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◎2015年11月04日 ---- ボス ◎
- 懐かしい良い時代
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私の在校時、佐伯鶴城高校には普通科と体育科があった。体育科には野球、水泳、陸上、体操のスペシャリストが全国から集まっていた。普通科の生徒と体育科の生徒は比較的仲が良かったが、やはり深い交流は少なかった。普通科の生徒は全部で280人体育科は40名。大した不良もおらず、イジメもない、居心地の良い典型的な地方の進学校であった。教師と生徒の距離も近く、私も何人かの先生の自宅へ伺ったことがある。生徒と教師の間で繰り広げられるドタバタはそのままテレビドラマになりそうなモノも多かった◆高橋君は佐伯市近郊の漁港である米水津(よのうづ)町の中学を卒業して鶴城へ入学した。当時はまだ交通の便がわるく、自宅からの通学は無理なので、高校の近所に下宿していた。そして同じ下宿に教師なりたての岩田先生もいた。岩田先生は広島出身の英語の教師。高校1年生の私たちは16歳、岩田先生は23歳であった。先生というよりは優しいアニキという感じだった。◆2学期の期末試験が終わったその日、仲のよい4名(私・K君・S君・Y君)が高橋君の下宿に泊まりにいった。高橋君の下宿は、友人が泊まる場合には下宿のおばさんに挨拶しなければならなかった。「期末試験の反省会をします。今夜は泊めてもらいます」・・高橋君を含む我々5人は感じ良くおばさんに挨拶した。この辺は心得ていた。我々は外面を繕うのがとても上手だった。地元では「鶴城の学生さん」というだけで信頼感があった。そんな時代であった。◆夜の8時、「試験の反省会」のフリをしている部屋をおばさんが覗きにきた。「そろそろ玄関を閉めますよ」と言った。我々は期末試験の問題用紙から顔を上げ「はい、大丈夫です。おやすみなさい」と笑顔で挨拶した。おばさんは玄関にカギをかけ、自分の部屋へ戻っていった。◆おばさんが自室へ入るのを確認すると、「待ってました」とばかりに、酒盛りが始まった。酔いが回ってきた夜の11時頃、体育科の山脇君が下宿の塀を乗り越えて高橋君の部屋の窓から入ってきた。映画を観た帰りだ、と言っていた。多分、日活ロマンポルノであったのだろう。そして山脇君は手にウィスキーのボトルを持っていた。宴会は6人になった。山脇君は酒も強かった。山脇君につられて、我々はさらに飲んだ。そのうちY君が気分が悪いと言い出した。「便所に行って吐いてくる」と言って出ていった。◆ちょうどそのタイミングで岩田先生が高橋君の部屋へやってきた。自室で飲んでいたのか、外で飲んでいたのか、岩田先生も既に酒に酔った赤い顔をしていた。トイレで吐いているY君を除いた我々5名は「先生も一緒に飲みましょうよ」と岩田先生を誘った。岩田先生は一瞬困ったような顔をしたもののニヤニヤしていた。驚きも怒りもしなかった。◆そのとき部屋の外で声がした。トイレで吐いているY君に、下宿のおばさんが「どうしたの?大丈夫?」と優しく声をかけていた。「まずいことになった」・・岩田先生、山脇君、高橋君、私、K君、S君は黙ったまま交互に顔を見あっていた。すると酒の匂いに気付いたのか、それまで部屋が騒がしかったことを不審に思っていたのか、おばさんが我々のいる高橋君の部屋へやってきた。部屋は十分に酒臭い。「高橋さん!これはいったい、どういうことですか?」おばさんが怒り出した。◆まず山脇君を見て「あれっ? あなたは、どなた? どこから入ってきたの?」 きつく問い詰める。山脇君が答えあぐねているとおばさんは岩田先生に気付いた。「えっ?岩田先生!先生までもが1年生の生徒さんたちと一緒に飲んでるんですか?えっ?大問題ですよ!」 先生は相変わらずニヤニヤしながらおばさんに答える。「違うんだわ、ワシは今この部屋を覗いたところなんや・・・」広島弁でのらりくらり答えていた。先生は自分のことをワシと言っていた。◆その後、どうなったのか詳細は覚えていない。高橋君の下宿はその事件以来、訪問できなくなった。岩田先生が上手に言い含めてくれたのか、親からも教師からも、この件に関して注意された者はいない。良い時代だった。◆そしてその後、山脇君はマジメに体操の練習に打ち込みオリンピック選手になった。吊り輪に「ヤマワキ」と言う名の技を残した。◆内村航平選手の活躍をテレビで見て、山脇君や当時の仲間たちのことが懐かしくなった。
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◎2015年11月02日 ---- ボス ◎
- 太ももの痛み
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本格的な秋の深まりを感じるこの季節になると必ず、昔痛めた左足太もも裏側ハムストリングがしくしくと痛み出す。◆平成3年か4年だったろう。当時、私の仕事場は新木場の東京ヘリポート内であった。有楽町線の終点、新木場駅で電車を降り、そこからはバスで東京ヘリポートに通う毎日であった。まだパスモやスイカのない時代、電車で通う者は定期券を駅員に見せて改札を抜けていた。切符の者は自動改札機を通していた。◆その日、コートを着ていたから季節は冬だったのだろう。新木場駅で私の前を歩く男は切符を自動改札機に通さずに何かを駅員にチラっと見せて改札を抜けようとした。駅員に止められた。「お客さん、定期券を見せて!」と駅員が詰める。するとその男は「定期券じゃねえよ、今、切符を通したよ」と言い出した。駅員が「いや切符は通してないでしょ!」とさらに詰め寄る。男は「通したよ」と繰り返している。その男の真後ろで彼の行動を見ていた私は「切符入れてないよな、定期券見せるフリしてたけどな」と言って駅員を応援した。駅員は私に「すみません、ちょっといいですか?証人になってもらいたいのですが・・・?」と頼んできた。正義感の強い私はなんの躊躇もなく「いいですよ」と答えていた。◆駅員二人が彼を挟むように歩き、新木場駅隣の交番へ向かった。私は彼らの後ろをついて言った。一人の駅員が彼のコートのベルトをつかんでいた。彼は立ち止まってその駅員に向かってすごんだ。「ベルト持つなよ。逃げねえよ」。交番まで20mくらいのところだった。駅員はベルトから手を放した。その瞬間、ヤツが走り出した。不意を突かれて駅員のダッシュは遅れた。「待て!」と叫ぶが足は動かない。彼を追いかけたのは私だった。右手に大切な書類が入ったカバンを持っていた。放り出すわけにいかない。彼も右手に小さなカバンを持っていた。条件はほぼ同じ。150mくらい追ったが距離は縮まらない。離れもしない。彼と私のスピードは同じだった。さらに追いかける。突然、左足太ももがブチンと切れた。私は歩道に倒れた。私が倒れて10秒くらい経ったころ、駅員が私の横をトロトロと走っていった。駅員もまだヤツを追いかけていたのだ。◆私はタクシーを捕まえて仕事場へ向かった。すごい痛みに耐えて午前中は会議をこなしたが午後から整形外科に行き、夕方は松葉杖をついていた。ハムストリングの肉離れであった。ヤツはおそらく逃げ切ったのだろう。駅員からは感謝の言葉も、お見舞いもなかった。「大丈夫ですか?」とすら言ってもらえなかった。私がタクシーに乗って消えたのだからしようがないか。もちろんタクシー代も病院費用ももらえなかった。◆寒くなると左足太ももが痛む。あの日のことを思い出す。もし、肉離れにならず、ヤツに追いついていたらどうなっていたのだろう。「刺されていたかもしれないな」、そんなことを考えて怖くなる。若い頃は恐ろしいものがなかった。... 続きを読む
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◎2015年10月30日 ---- ボス ◎
- だって・・・
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自宅でソファに寝転んでテレビを観ていた。CMになり、美しい魅力的な、女性の背中が映し出された。セクシー。その美しい魅力的な背中の女性は桃井かおりさんであった。「えっ?桃井かおり?彼女は63~64歳くらいじゃない?えっ、美し過ぎる!」と思った。思ったけど、そのような言い方を私はしなかった。「へえー、桃井かおりだよ。キレイな背中してるね」・・隣に座っていた家人に、上品に言った。私のその言葉に対し家人はこう言ったのだ。「だって、女優さんだもの」◆数か月前、テレビCMで剛力彩芽さんのダンスを見て驚いた。穏やかな和風美人である剛力彩芽さんがとてもキレのあるダンスを披露していたのだ。「えっ、剛力彩芽?おとなしそうな娘さんなのに。えっ、ダンス上手過ぎない?」と思った。思ったけど、そのような言い方を私はしなかった。「へえー、剛力彩芽ってダンスが上手なんだね」・・その辺にいた家人に、上品に言った。私のその言葉に対し家人はこう言ったのだ。「だって、彼女、小さい頃からずっとダンスをやってたんだもの」◆家人の「だって」の使い方はあきらかに間違っている。言葉の使い方がおかしいだけでなく、なにか意地悪さのようなものが感じられた。彼女が使う「だって」というのは、「私だって、女優だったら・・」「私だって、小さい頃からダンスのレッスンしてたら・・・」ということなのだろうか?素直に「本当にキレイな背中ね」とか「ダンス、とても上手ね」となぜ言えないのだろう?私は家人に注意しようかと思ったが、どちらのときも注意しなかった。◆だって、めんどくさくなりたくなかったもん。... 続きを読む
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◎2015年10月29日 ---- ボス ◎
- 挨拶
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お客様などとのお付き合いでもない限り、昼食は取らないようにしている。オカネがないからではない。健康のため、ダイエットである。お昼にはラーメンや牛丼を食べるのではなく、ニュー新橋ビル1階のジューススタンドで生野菜ジュースを飲んでいる。人参・セロリ・ケール・あしたば・パセリ・玉ねぎ・小松菜など13種類の野菜を目の前でジューサーにかけて作ってくれる。これが実にまずい。「青汁」のまずさどころではない。「良薬口に苦し」と言う言葉を信じ、薬と思って毎日飲み続けている。もう2年以上になる。◆お昼がこの野菜ジュースだけだと、たまに持たない日がある。昨日がそうだった。午前中から銀座や五反田へ徒歩と電車で移動した。午後4時に新橋駅に戻ったときにはカラダは疲れ、空腹感は限界を迎えていた。ラーメンかスパゲティーでも食べたいところだったが我慢した。「蕎麦ならいいだろう」と自分に許可した。立ち食いの蕎麦屋に入った。食券販売機で580円の「鴨汁せいろ」を購入し、食券をカウンターの向こうのオニーサンに渡した。オニーサンは片言の日本語で「カモジル イッチョウ ハイリマース」と叫んだ。隣のオネーサンが「ハーイ カモジルネ」とこれまた片言の日本語で返す。見るとカウンターの向こうで蕎麦を茹で、皿に盛っている4人はすべて若い外国人(アジア人)だった。4人とも違う国から来たようである。韓国、ベトナム、ネパール、カンボジア、そんなところか。あるいは中国人かもしれない。◆恐らく日本人よりはずっと安い時給で働いているのだろう。頑張っている。私は銀座のデパートの中でマナー悪く大声でしゃべっている中国人は大嫌いだが、ニュー新橋ビルのマッサージ店で懸命に客の背中や足裏を揉んでいる中国人は大好きだ。応援している。ニュー新橋ビルの外国人はみんなマナー良く頑張っている。◆さて、その立ち食い蕎麦屋。私の隣の席で大学生風の青年二人が蕎麦を食べていた。私が食べている間に二人は席を立った。席を離れる前に、自分の食べたテーブルを雑巾でキレイに拭いていた。そして盆を返却棚に返す時に二人とも「ごちそう様でした」と大きな声で、しかも会釈をしながら、カウンターの向こうのアジア人の店員に伝えた。「アッリトーオッザマシター」アジア人で店員も笑顔で返す。その光景を見て私は嬉しくなった。◆ややもすると、恵まれた日本のバカ学生は勘違いをし、アジアの留学生を蔑んで見ることがある。そういうバカ学生が多くなった。そしてそんな日本のバカ学生は「ごちそうさま」すら言えない。◆だが二人の青年は大きな声で「ごちそうさまでした」と伝えた。◆たまに昼飯を食べると幸せな気分も一緒に味わうことができることもあるもんだなあ。私もゆっくり鴨汁せいろを食し、雑巾でテーブルを拭き、大きな声で「ごちそうさま」と伝えてその店を出た。恵まれないアジアの留学生、頑張れ!謙虚な日本の若者たちも頑張れ!... 続きを読む
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◎2015年10月28日 ---- ボス ◎
- 罪は消えない
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いつ頃までだったかはっきりしないが、昔は容疑者を伝える報道では彼の前科を併せて報道していた。ところがいつのまにか容疑者報道で彼の前科に触れることがなくなった。「懲役刑に服せばそれだけで十分に罪を償った」というバカな、異常に犯罪者に優しい思想を持った人間が報道機関の大半を占めるようになったのだろう。「罪を償った人の前科を報道するのは人権侵害」になるという。バカな話。そんなに簡単に罪が消えてはたまらない。◆無罪報道も同じ。大阪市東住吉区で1995年、保険金目的で自宅に放火して小学6年の娘を殺害したとして、殺人罪などで無期懲役が確定した母親と内縁の夫、両受刑者の無罪が決定しそうだ。無罪が決定すれば、彼らは娘の死亡保険金を受け取り、さらに国を訴えるのであろう。無実の罪で懲役に服した期間20年間の保証を求めるであろう。法律とは、裁判とはそんなものだ。◆彼らが逮捕されたときに報道されたことが、無罪報道になると一転、事実さえ報道されなくなるのはなぜだろう。「死んだ娘は母親の実の娘ではあったが、その内縁の夫とは血縁関係はない」「死んだ娘の膣内からはこの内縁の夫の精液が出てきた(常習的に内縁の夫は娘を犯していた)」「二人には200万円の借金があり返済に困っていた」「カネがないのに11歳の娘に1500万円もの死亡保険金が掛けられていた」・・・無罪報道に於いてはこれらの事実は一切報道されない。◆無罪になるとマスコミは検察の失態ばかりを追求する。無罪になった瞬間、きわめて疑わしい者でも、「悲劇のヒーロー、悲劇の「ヒロイン」に変えてしまう。これでは警察も検察も溜まったものではない。◆ズルい者が喜ぶ社会をマスコミが作ってはいけない。
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◎2015年10月27日 ---- ボス ◎
- 『君の膵臓をたべたい』
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この欄で幾度か述べたが私は青春小説が好きだ。読んでいる時間は私も高校生、大学生だったあの頃に戻れるから。高校生時代、大学生時代の想い出は多い。私の人生に於いて、「楽しかった思い出」の8割はこの時期のものだ。◆オフィスから徒歩1分の場所に「TSUTAYA書店」がある。私は週に2回は訪問する。月刊誌を手に取り、ビジネス書をチェックし、文芸書の背表紙を眺めるだけで楽しい。私のストレス発散の場所になっている。その「TSUTAYA書店」の文芸書コーナーに7月からグロテスクな題名の本が平積みされていた。『「君の膵臓をたべたい』 ◆趣味の悪い題名(と感じていた)この本を私は手に取ることはなかった。誰がこんな本を読むのだろう、と不思議に思っていた。だが8月になっても9月になってもこの本は文芸書のコーナーに平積みされていた。「TSUTAYA推薦」という意味なのだろうか。10月になって、とうとう私はこの本を手に取り、書き出しを読んでみた。驚いた。一気に引き込まれた。読み始めると同時に私の気持ちは高校生時代に戻っていた。3ページまで立ち読みし、私はその本をレジへ持って行った。ゆっくり読んでみたい、と思った。果たして『君の膵臓をたべたい』という奇妙な題名のこの本は素晴らしい青春小説であった。◆“住野よる”というこの本の作家の名前は初めて知った。文体は村上春樹にとても似ている。村上春樹ほどにムダをそぎ落とした文章ではないが、大学生時代に読んだ村上春樹の初期の作品と似た匂いが私には心地よかった。とても都会的な主人公を描くこの二人の作家、村上春樹と住野よるがともに関西出身と言うのも面白い。敢えてもう一人、“住野よる”の文章に似た作家と言われれば志賀直哉か。本人もそれを意識しているようだ。◆来年か再来年にはきっと映像化され『世界の中心で愛を叫ぶ』のような反響になるであろうこの作品、私は女性主人公に“長澤まさみ”さんをイメージしながら読みふけった。久しぶりに涙を流しながら本を読んだ。映像化される前に是非読んでみて欲しい。お勧め。... 続きを読む
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◎2015年10月26日 ---- ボス ◎
- 新聞のズル
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25日(日曜)産経新聞の一面トップの見出しは「軽減税率 生鮮食品を軸」であった。私はこの欄で何度も言ってきたが「軽減税率」などはまさに「愚の骨頂」であり、目先の感情的な人気取りであるだけだ。確かに、浅薄な知識しかない者たちは軽減税率は「ありがたい」と感じることだろう。だがまったく誰のためにもならない。中学校で習う程度の算数を理解できていれば「軽減税率=愚の骨頂」との等式が理解できるのだろうが残念ながらこの国のほとんどの人は中学数学で満点は取れない。算数を理解しない彼らにとっては「軽減税率=貧者の味方」となってしまうようだ。◆まあ、それはさておく。各政党が思慮もなく人気取りに一所懸命だ。今に始まったことではない。「間違い」あるいは「インチキ」と分かっていながら“ 票”が欲しいために「軽減税率賛成」という政治家がいてもしようがない。◆だが、だが産経新聞には腹が立つ。産経新聞の記事を書く知的エリートたちは知らないわけがない。「軽減税率=愚の骨頂」ということを。知っているくせに、産経新聞はドサクサに紛れて、先程の見出し「軽減税率 生鮮食品を軸」との下にもう一つ見出しを打っていた。この見出しに腹が立つ。なんと恥知らずの産経新聞はこんな見出しを続けていたのだ。「自民税調“新聞・出版”も検討」・・・・ふざけるな! 新聞を利用して「新聞の軽減税率」を主張するなどみっともない。◆産経に限らない。(「赤旗」は読んでないからどう言っているかしらないが)私の知るすべての新聞は「新聞にも軽減税率を」と言っている。◆本来なら「思慮のない政治家ども」を中立の立場で批判すべき立場にある大新聞各紙なのに、彼らもやはり目先の利益に動く。情けない!◆矜持もな ければ信念もないのが我が国の大新聞。みんな目先のカネが欲しいようだ。さびしい、嘆かわしい。... 続きを読む
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◎2015年10月26日 ---- ボス ◎
- “おもてなし” のためにはもっと勉強を!
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物覚えが悪くなった。物覚えは悪くなったがそれに反比例するように知的好奇心はますます増してくる。◆パソコンとスマホのお蔭で知らないこともすぐに調べることができる。高校生や大学生のころは辞書や百科事典で調べるしかなかったものが今はすぐにウィキペディアで知ることができる。便利になった。だが・・・・。◆昨日、久しぶりに埼玉にゴルフに行った。いや、ゴルフは決して久しぶりではない。埼玉でのゴルフが久しぶりだったのだ。毎週のように回っている君津市にある私のホームコースと違い、久しぶりに来たこの埼玉のコースは接待用コースと言われるだけあってレストランや更衣室、風呂場までが贅沢な作りである。芝生の手入れも良いし紅葉が 始まった樹木も美しい。◆知的好奇心が増してきている私はキャディさんにいろいろと聞く。「これはなんて言う樹なの?」「富士山はどっちに見えるの」「この足跡はなんの足跡なの?ウサギ?タヌキ?}残念ながら若いキャディさんはなにも知らなかった。「さあ?」「ごめんなさい、知りません」「なんなんでしょうかねえ?」◆彼女が悪いわけではない。だが、とても残念だった。◆キャディの仕事はバッグを乗せたカートを運転し、クラブを渡し、グリーンではボールを拭きラインを読むことと思っているようだ。それができれば一人前。それ以上はいらない、そう考えているキャディが多いようだ。若い客はそこまでしか望まないのだろう。◆「違う!」と大きな声で言いたい。言いたいけど言わなかった。言ったら 、あまりにも彼女が可愛そうだから。でも、でも言いたいのだ。「違うんですよ。キャディさん。我々は自然の中でやるゴルフというスポーツを楽しみに来ているんだよ。良いスコアで回りたい、というだけではないんだよ。・・・お客さんに楽しんでもらおうという“おもてなし”があなたの仕事なのですからあなたはこのコースに植わっている樹木の名前を勉強し、どんな花が咲きどんな実を付けるのかを知らなければならないのですよ。富士山がどっちにあるか、太陽はどちらに沈むか、このコースにはどんな動物が出現するのかなどこのゴルフ場のことは全部知らなければならないのですよ。もちろん、レストランのお勧めメニューもね。」と言いたかった。◆キャディだけではない。多くの「若い社会人たち」は上司から「これを覚えなければなりませんよ」と与えられたものだけはなんとか覚えようとする。逆に上司から「これを覚えなさい」と言われたこと以外は一切やらない。覚えようとしない。「覚えなさいと言われたものは覚えました。それを覚えてしまったので私の記憶力は飽和状態なのですよ 」と言わんばかりである。◆この美しい国、我が日本から“おもてなし”の精神がどんどん薄れているような感じがする。
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◎2015年10月23日 ---- ボス ◎
- 文化的教養
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私は大分県の佐伯鶴城高校という、田舎の、ごく普通の県立高校の普通科を卒業し、九州大学へと進学した。佐伯鶴城高校から九州大学へ進んだ同級生は10人程度だった。九州大学へ10名が進学するのだから「そこそこの進学校」と言うこともでき、10人しか進学できないのだから「あまりデキの良くない進学校」と言われたこともある。ちなみに同級生で東大に進んだ者はいない。京都大学へは一人行った。◆この程度の進学校ではあったのだが、私はこの佐伯鶴城高校の友人たちが極めて「文化的教養」の高い連中であったことを後に知る。同級生の多くは音楽を愛し、絵画を眺め、映画を楽しんでいた。魚釣りをし、城山に登り、恋をしていた。塾に通う者など殆どいなかった。私ですら教会へ通い、賛美歌を歌った。夏には花火大会と盆踊りを楽しみにしていた。多くの友人が私の家に泊まりに来、私も多くの友人の家に泊まりに行った。「大学入試」だけでは判定できない「教養」や「知的好奇心」或いは「いろんな経験」を持った者が多かった。◆九州大学へ進学した私は、佐伯鶴城高校の友人たちなら常識である文化的な言葉が通じないことを寂しく思った。その寂しさは社会人となり、さらに30年経ったいまでも続いている。佐伯鶴城の仲間なら皆知っているのに・・・!と◆先日、紀尾井ホールで『イ・ムジチ』のコンサートを楽しんだ。残念ながら私の大好きな「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」の演奏はなかったが、アンコールで「四季」の「秋」をやってくれ大満足であった。◆佐伯鶴城から九州大学へ進んだものは恐らく全員『イ・ムジチ』をよく知っている。「昨日、イムジチのコンサートに行ったよ」と言えば佐伯鶴城の卒業生の半分は「えっ、いいなあ!どうだった?」と聞き返してくる。ところが・・・・・・・・・・ダメだ!◆鶴城の卒業生であれば通じる音楽や絵画に関する常識語がこちらの世界では特殊な専門言語になっているようだ。文化的教養ある人が極めて少ない。◆私が進んだ九州大学の土木工学科の連中は誰も音楽や絵画へ興味を持っているようではなかった。算数や物理や化学はできるけど音楽や美術や体育はからきしダメ、という者が多かった。誰一人として『イ・ムジチ』を知らなかったろう。社会人になっても同じ。紀尾井ホールでイムジチの演奏を堪能した後、私は回りの部下や友人に「イ・ムジチ知ってる?」と聞いたが、残念ながら「イ・ムジチ」を知っている者は一人もいなかった。◆佐伯鶴城高校の教養レベルの高さに改めて感心した。私も佐伯鶴城高校に学ばなかったら、これほど音楽や絵画に興味を持っていなかったのかもしれない。音楽や絵画に興味を持たず、恋もせず、友人の家を泊まり歩かなければ、私は東京大学に進学し、まじめにお勉強をしていたことだろう。◆そうならなくて良かった。佐伯鶴城高校に感謝。運命に感謝。... 続きを読む
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