‘ボス’ の記事一覧

2017年09月13日 ---- ボス

リタイア

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24歳でWBA・WBC統一ヘビー級チャンピオンになったジョージ・フォアマンは28歳でボクサーを引退し、宣教師に転身する。それから10年後、彼は現役復帰を発表する。多くの者は彼の復帰を「無理でしょ」と嘲笑したがフォアマンは実に復帰後24連勝してヘビー級タイトル戦線に再浮上する。だが再度1年以上ブランクを開ける。再々復帰後、45歳で20年ぶりにヘビー級チャンピオンに返り咲く。元チャンピオンが28歳で引退し、10年後に復帰、1年間再度ブランクの後、世界チャンピオンに復活したのだ。そして彼は48歳まで現役ボクサーとして戦い続ける。◆1995年、女子テニス世界ランキング4位まで上り詰めた伊達公子は翌年、世界ランク8位の時に引退した。まだ25歳だった。それから12年後、彼女はプロテニスプレーヤー復帰を表明する。そして復帰後3年、40歳で世界ランキング46位まで上る。その後も活躍を続け、日本の女子テニス界をリーダーとしてけん引してきた。昨日(9月12日)彼女の最終試合が有明コロシアムで行われた。負けはしたが、多くの拍手と称賛と笑顔と涙に見送られて彼女はコートを去った。47歳目前での引退であった。◆フォアマンが48歳まで、伊達が47歳直前まで現役で活躍できたのは、選手途中で一旦長期リタイアがあったからだと思う。リタイアしないまま選手を続けていたら二人とも引退が10年は早まっていただろう、と思う。熱中していること、命を懸けていることでも、一度距離を置くことは永い目でみるとプラスに働くことが多いのかもしれない。◆私は「取締役」の名刺を持ってすでに三十年、「代表取締役社長」となってから既に二十余年が経った。その間、一度も「取締役」を外れたことがない。実は少々疲れている。◆ソフトバンクの孫正義社長は私と同い年。今年60歳になる。彼は24歳で起業し、以来ずっと、休みなくトップを走り続けている。私の何千倍もの負荷を彼は一人で背負い続けている。尊敬し敬服する。フォアマンも伊達公子もすごいが孫正義はもっともっとすごい。◆凡人である私は、少し休みたいと思っている。

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2017年09月12日 ---- ボス

正義のかけらもない、「報道の自由」との名を借りた下品な金儲け

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「もちろん浮気はして欲しくないけど、もしするときは絶対私にバレないようにやってくださいね」・・結婚するときに家人にそんなことを言われた。気の小さい私は、浮気をすればバレそうで、(残念ながら?)そういうことはなかった。私が浮気をしなかったのは決して正義からではなく、単に「チャンスがなかった」からであり「もてなかった」からであり「意気地なしだった」からだ。どれか一つでも欠けていたら私でも浮気の一度や二度、或いは三度くらいはあったかもしれない。私だけじゃない、男だけでもない、恐らくみんなそんなもんなんだろうと思っている。◆ところで私はとても友人が多い。そして私は口が堅い。私は口が堅いということをみんな知っているので、友人たちは何でも私に話してくれる。私の統計によると最近の人は結婚後3年も経つと、男も女も50%以上は浮気経験者になる。そして、そのほとんどは配偶者にはバレずに済んでいる。私に言わせれば、この平和な国ニッポンでは、ほとんどの男女が浮気を楽しんでいる。そして彼らはそのことを誰にも気づかれていないと思っている。もっと言うと「私って悪いオンナ」「オレって悪いダンナ」という気持ちを楽しんでいるのかもしれない。◆「浮気」や「不倫」はもはや半数以上の者が経験する時代になっているのにも関わらず、誰も「私も浮気しました」と言わないから、表向きは「珍しいこと」「悪いこと」とされている。「文春」の記者だろうが「新潮」の幹部だろうが、みんなやっているくせに・・・。石田純一じゃないが、すでにこの国では「不倫は文化」になっている。珍しいことでもなんでもない。配偶者にさえバレなければ誰も傷つけない。キリスト教徒だろうが仏教徒だろうが、みんなやっている◆「文春」の記者だろうが「新潮」の幹部だろうがみんなやっていることを「有名芸能人」や「政治家」がやると、例によって「とんでもないことをやっている!」と大きな事件に仕立てる。(誰にもばれていないから)自分のことは棚にあげて「汚らわしい」とか「不誠実」だとか「モラルに欠ける」だとか言いながら非難する。誰にも迷惑をかけていない二人の秘めたる罪を公(おおやけ)にさらし、悪いと思ってもいなかったことなのに「大変なことをやってしまいました。申し訳ない」と頭をさげさせる。◆そう、あなたたちが騒がなければただの「二人だけの秘めたる罪」だったのだ。一線を越えていようがいまいが関係ない。純粋なプライバシーの問題。「公人だから」などとの言い訳で、平気で人のプライバシーを暴く下賤な雑誌記者とそれに食いつくテレビ。そこには正義のかけらもない。「報道の自由」だとか「知る権利」などの言葉だけが幅を利かせている。ふざけるな!下品なマスコミが金儲けのためにやっているだけじゃないか! ◆「自分もチャンスがあればやりたい」とみんな思っているがなかなかチャンスがなくできない。自分ができないことをやっている政治家や芸能人に嫉妬し、「とんでもない!」「下品だ!」「モラルに欠ける」などと非難する。そんなことはそろそろやめませんか?

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2017年09月07日 ---- ボス

几帳面

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私の机の周りには非常に乱雑に書類や名刺などが散らかっている。そのために恐らく当社職員の多くは私のことを「だらしない人」と思っているかもしれない。でもそうじゃないんですよ。「僕は本来はとても几帳面な性格なのですよ」と伝えたい。◆30年くらい前の話。当時大好きだった女優、浅野ゆう子さんがテレビでタモリさんと対談していた。お酒の話題になったときに浅野さんが「バーのカウンターで飲んでるときグラスの水滴がカウンターにつきますよね。あの水滴をおしぼりできれいに拭く人がいるんですよ」・・テレビを観ながら私は「あっ、オレのことだ」と思った。タモリさんが聞く「ええ、いますね、几帳面なひと」と、浅野さんが続けた「私、ああいう几帳面な人って大っ嫌いなんです。いいじゃない水滴くらい、そんなの気にしなくて・・・」  私が浅野ゆう子にフラれた瞬間だった。◆バーのカウンターで飲むとき、いつもあの浅野ゆう子さんの話を思い出す。「そうか、女性はあまり几帳面なオトコは好きじゃないのかもしれないな」・・そんなことを思いながら毎回、それでもグラスの水滴をおしぼりで拭いている。◆「几帳面は女性にもてない」との確信が私の机の周りを乱雑にさせているわけでは決してないのだが・・・。

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2017年09月01日 ---- ボス

さじを投げる


人を嫌うことがなくなった。◆子供の頃から友達が多く、分け隔てなく誰とでも仲良くしていた。それでも若いころはたまに嫌いなヤツもいた。反りの合わない相手との口論もあった。「オレはあいつが嫌いだ」と思うこともあったし、そのことを平気で口にしていた。だが歳のせいか立場がそうさせたのか、気が付くと、まず人のことを「嫌い」と思うことがなくなっていた。「苦手」はあっても「嫌い」はなくなった。少なくとも自分と出会った人たちはみんないい人であって欲しい、いい人であるはずだ、と思うようになった。と同時に「ここを直せばもっと良くなるのに・・」と欠点も見えてくる。「根は悪くないのだから、ここを注意すれば・・・」と思う。「あなたはいい人なんだから・・」と注意したくなる。◆「言葉遣いに注意しなさい」「もっと外見に気を使いなさい」「周りの人に配慮しなさい」「大きな声で挨拶しなさい」「自分勝手な行動は慎みなさい」・・・いろいろと注意をする。何度注意しても聞かない者もいる。反発してくる者もいる。◆何度注意しても直らない者もいる。私はさじを投げる。「この人は根は悪く無いんだけどな。残念だな」と思いながらもさじを投げる。私は教育者ではなく経営者であるから、と言い訳しながらさじを投げる。

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2017年08月25日 ---- ボス

墓も個人情報の管理下に

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大陽工業株式会社の創業者であり社主であった酒井邦恭さんから私は経営者としての心構えを学んだ。酒井さんはいろんなことに興味を持ち、いろんなことにチャレンジされた。一人の人間としてはとても優しい方だったが経営者としては冷徹な面もあった。「みんなで頑張るんだ。頑張らないヤツ、ずるいヤツを見つけて、それを追い出すのもお前さんの仕事だよ、なあキノシタ」などと笑顔で教えてくれた。美しいものが好きで、オシャレで、芸術を愛し、なによりも人が好きだった。8年前に亡くなられた。酒井さんが亡くなられた頃、私は超多忙な毎日であった。誰も酒井さんの死を教えてくれなかった。私が酒井さんの逝去を知ったのは葬式から数日たってからだった。◆「偲ぶ会」には参列したがお墓に参ったことはこれまでなかった。今日が酒井さんの命日であった。午前中、少し時間が空いたので私は泉岳寺に眠る酒井さんに会いに行くことにした。行っても墓が見つけられなくては困る。事前に泉岳寺に電話した。「今日、そちらに眠ってられる酒井邦恭さんの命日なのですが、そちらに行けばお墓の場所は分かるのでしょうか?」と尋ねた。期待した返事ではなかった。「まことに申し訳ないのですが、個人情報なのでこちらではお教えすることはできないのです。10年位前まででしたらご案内できたのですが最近は厳しく管理されています」・・丁重に、申し訳なさそうに答えてくれた。◆私は酒井さんの墓を参ったことのあるかつての同僚に電話をしてそのことを話した。彼は「行ってみたらなんとかなるよ」と言い、酒井さんの墓地の場所の概略を教えてくれた。「左の方へ坂を上っていった先の、大きな桜の樹の下だよ。探したら見つかると思うよ」と言った。私はコンビニで線香とローソクとマッチの入った「墓参りセット」を買って泉岳寺に向かった。泉岳寺には赤穂浪士の「四十七士」も眠っている。案内図を見ると赤穂浪士の墓と、檀家の墓は分かれている。私は檀家の墓のエリアへと向かった。ところが檀家の墓の敷地には開閉式の門がありその門は施錠されている。前もって墓参を通知した親族しか立ち入りが許されていないようだ。私はあきらめて、「墓参りセット」を持ったまま会社に戻った。◆墓すら勝手に参ることができなくなった。せちがらい。泉岳寺から出て歩きながら、小さな声で歌っていた。「♫ わたしのーお墓のまーえで 泣かないでください。そこに わたしは いません。ねむってなんか いません・・・・」 そうだ、ここには酒井さんはいないんだ、そう思うことにした。 ◆オフィスの机につき、私は 酒井さんの教えをいろいろと思い出した。

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2017年08月24日 ---- ボス

コミュニケーション

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昼食で会社近所の食堂に入る。旨いものが食べられたらそれだけで幸せだ。私は会計をしながら「美味しかったよ、また来ますね」と言う。店員は「ありがとうございます。是非またお越しください」と返してくれる。双方とも笑顔になる。◆文房具店でノートとファイルを買う。「すみませんが領収書をください」とお願いし、領収書を受け取るときに「どうもお手数をおかけしました」と伝える。店員は「どういたしまして」と明るく答える。双方ともに笑顔になる。◆書店で本を買うときに「カバーはお掛けしますか?」と聞かれる。基本的に私は「いいえ、結構ですよ」と答えるがたまに「すみません、お願いします」と言う。そしてその時は本を渡されるときに「どうもお手数をお掛けしました」と頭を下げる。双方ともに笑顔になる◆たった一言を口にし相手に伝えるだけで人間関係は円滑になり笑顔が増える。英語ができなくても、難しい漢字が読めなくても、気配りさえできればコミュニケーションは高めることができる。それなのに、それは分かっているくせに、それができない大人が多い。◆朝の挨拶すらできない社会人がまだたまにいる。相手に聞こえるように「おはようございます」の一言が言えない未熟大人がまだまだ多い。

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2017年08月23日 ---- ボス

川嶋さんの教え

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私の恩人、川嶋信義さん(元前田建設工業副社長=故人)に関するエピソードをもう一つ◆昭和60年ころの話だからもう30年以上も前のことだ。その頃、私は水道橋の工事作業所で現場監督をしていた。川嶋さんはいくつかの作業所の統括所長。41歳か42歳だった。その若さで複数現場の統括所長だから異例の出世であった。◆その日は工事が一区切りついた後の、のんびりとしたムードの土曜日だった。当時は多くの会社は土曜日は昼までの勤務(通称「半ドン」)であったが工事現場は夕方6時までの勤務体制だった。午後1時ころだったろうか、川嶋大所長様が現場に来られた。大所長ではあるが、偉ぶることもなく誰にでも気さくに声をかけてくれる優しい方だったからこちらも緊張はしない。「キノシタ、お前、いま何してる?」と聞いてきた。続いて「ちょっと話がある。付き合え」と言って速足で歩き出す。私は川嶋さんのあとを追いかけた。お互いに作業服である。10分近く歩いたろうか「どこに行くのかなあ?」と思っていると川嶋さんは黄色いビルに入っていった。後楽園の「場外馬券売り場」だ。会社の勤務時間中に会社のマークの作業服を着て、大所長がペエペエの部下を連れて「馬券売り場」へ。しかも「馬券売り場」は前田建設本社からは目と鼻の先。誰が見ているか分からない。それでも川嶋さんは動じることはない。◆なんの話をしたのかは覚えていない。どうってことない話をしながら競馬を楽しんでいた。最初のレースで川嶋さんは2万円分の馬券を買った。びっくりした。メインレースでもないのに2万円も! 当たった。2万円が8万5千円になった。「おっ、キノシタは幸運の男神様だな」と言って五千円札を私に差し出した。「取っておけ、小遣い」と言ってくれた。「えっ、いいんですか?」と答えて私はその五千円を受け取った。川嶋さんは次のレースも勝ち8万円が20万円以上になった。また五千円くれた。「ありがとうございます」私はまた素直に受け取った。そしてメインレース。川嶋さんはその20万円以上のカネをすべて馬券に変えた。「これが当たれば300万円だなあ」などと言っていた。見事に外れた。結局、川嶋さんは1円も儲けずに馬券売り場を後にした。私は申し訳なく「あのー、いただいたおカネ、半分返します」と言った。「全額返します」と言ったかもしれない。よく覚えていない。川嶋さんは笑いながら「へえ、オマエ、そんな遠慮も知ってるんだな」と言った。「オレは博打を楽しめたし、キノシタは一万円儲けた。今日はいい一日だったよ」と言いながら決して私からの返金は受け取らなかった。◆「かっこいい!」と思った。「将来、オレもこんな大人になりたいな」と思った。

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2017年08月22日 ---- ボス

人の良い面を見る

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私に社会人としての基礎を教えてくれ、私の仕事に対する姿勢に最も影響を与えてくれたのが川嶋信義さん(元前田建設工業副社長)だ。彼と出会っていなかったら今の私はない。最も尊敬する方だ。残念ながら4年前に亡くなった。なにも恩返しできなかったことが辛い。◆その川嶋さん、まず人のことを誉めることがなかった。私と飲んでいてAさんの話題になる。どんな人なのかと私が問うと「Aっていうのは本当にいい加減なヤツでな・・」と始まる。「Bはダメだな、あいつは〇〇にゴマすって昇級したけど・・」とか「Cは調子がいいだけだ」などと人の悪いことしか言わない。おそらく私も「キノシタっていう、とっぽいヤツがいるんだけど・・・」などと言って人に紹介されていたのだろう。とにかく人のことを誉めることがなかった。ところが私がAさんに会うとそのAさんは「私はなぜか川嶋さんに目をかけていただいて・・・」 Bさんと話すと「私は川嶋さんに引っ張られて所長になったので・・・」 Cさんは「あの川嶋さんが『ちょっと教えてくれよ』って言ってわざわざ私のところに・・」 などと言う。 誰一人、川嶋さんのことを嫌っていない。いや嫌うところか皆、川嶋さんの大ファンなのだ。◆川嶋さんはいつも誰のことも誉めなかったし貶(けな)すことばかりだったが、そこには間違いなく愛情があった。「あいつはダメだ、こいつもダメだ」と言いながらも彼らを見放したり見限ったりすることはなかった。Aさんも、Bさんも、Cさんも、そして私(キノシタ)も、みんなダメ人間であり欠点も多いが、川嶋さんはみんなを貶しながらも応援してくれていた。◆私も「若いころからオマエは尖っていたな」「とっぽいヤツがいるな、と思ってたよ」そんなことを言われながらずっと応援してもらっていた。「オレは人を誉めて育てるってのが苦手でな・・・。もっとも誉められるような優秀な部下はいなかったなあ・・」・・川嶋さんの毒舌が聞こえてくるようだ。◆「口で誉める必要はないよ。だけどなキノシタ、人の良い面を探すことは忘れちゃダメだぞ。どんなヤツでもいい面や可愛いところがあるもんだ」・・・そういうことを教えてくれた。今でもときどき無性に川嶋さんに会いたくなる。

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2017年08月21日 ---- ボス

忖度

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子供たちがまだ幼かった頃、我が家は練馬区の下石神井にあった。当時、私はある会社の航空事業部の事業部長代理だった。私の上には事業部長しかいない。事業部のナンバー2だった。連日、残業と接待で深夜帰りが続いていた。そんなある日、久しぶりに残業を早く切り上げ午後9時ころ自宅最寄りの「井荻」駅に着いた。「この時間なら子供たちもまだ起きているだろう」 ・・私は自宅に向かって歩を速めていた。あと1分で自宅、というときに肩から下げた弁当箱のような携帯電話が鳴った。嫌な予感がした。◆「あー、キノシタさん、今どこですか?」 予想通り、その電話は私の上司、事業部長からのものだった。いま考えても不思議なのだが「もう自宅の前です」と答えることができなかった。私は「あっ、高田馬場です」と答えていた。すると上司は嬉しそうに「じゃあ来れますね。『ヴィラ・バローネ』に来てくれませんか」と銀座の高級クラブの名を告げた。「分かりました。10時までには着けると思います」そう答えると私は急ぎ足で、いま来た道を「井荻」駅まで戻った。10時過ぎに銀座のクラブに着くと上司はホステスに囲まれ楽しそうに飲んでいた。「遅いじゃないですか」そう言いながらも私を笑顔で迎えてくれた。◆私にとっては迷惑な誘いではあったが、彼にとってはこれが「キノシタさんをねぎらう一番の方法」だと思ったようだった。今の人なら簡単に「勘弁してくださいよ、もう自宅の前なんです」なんて言いそうな状況、私は「あっ、高田馬場です」ととっさに答えていた。あれは上司に対する忖度(そんたく)だった。あの夜のことは忘れない。決して悪い思い出ではない。サラリーマンの鏡のような自分の判断に今頃感心している。

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2017年08月18日 ---- ボス

罪と罰

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大阪国際女子マラソン優勝などの実績がある原裕美子さんがコンビニで化粧品など3000円弱相当の品を万引きした疑いで逮捕された。大阪国際マラソン優勝は2007年のことで、世間のほとんどの方は原裕美子さんの名前すら忘れていた。この日、たまたま大きなニュースがなかったからなのか、テレビでは顔写真や過去のインタビュー風景などを交え、この万引き事件を大きく報道した。もちろん万引きは立派な犯罪である。それは否定しないが、私はこの報道による社会的な制裁は、罪に対してはあまりにも重い罰のように感じられる。◆3000円程度の品の万引きはわが国では毎年15万件程度も起こっている。そのうち10万件程度が検挙される。年間10万人もが万引き犯として捕まっているのだ。もちろん捕まった者たちはそれなりの罰を受ける。私は現在社会に於いて犯罪の「罪」と「罰」のバランスは「罰」が軽すぎると思っている。「罰」を重くすることによって犯罪の発生件数は減ると信じている。例えば数年前に酒気帯び運転の罰を重くしたら途端に酒気帯び運転は減った。「罰」はもっと重たくて良い。だが・・・◆だが同じ「罪」に対して、人によって「罰」の重さが異なってはならない。万引きをして、警察に連れていかれ拘置所で一泊し、「ごめんなさい」と言って釈放される奴らが圧倒的に多い。彼らは大した反省をせず、また万引きを繰り返すかもしれない。無名なヤツらには「罰」が小さいのだ。今回の原裕美子さん、それほど有名人ではない。社会的責任のある有名人や高額所得者ではない。もはや世間からも忘れ去られた過去のマラソンランナーがその実績だけでこのような大きな社会的制裁を受けることに対して私は大きな違和感を感じ不満を抱いている。可愛そうな感じ。「罪」は反省しなければならないが、なんとか立派に立ち直ってもらいたい。マラソンのときは応援しなかったが今、応援する。「がんばれー! 原 ! ガンバレー 原裕美子 !」

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2026年03月30日 ボスの
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  • 午前事業部連絡会
  • 午後総務会議
  • 夕方新橋南桜公園で花見
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