‘ボス’ の記事一覧
◎2017年10月11日 ---- ボス ◎
- みっともない「えーと・・」という口癖
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会議や面接など少し緊張感を伴う状況での発言時「えーと」を連発する者が多い。実にみっともないが誰も注意しない。私は時々本人に注意する。「えーと」と言うことを控えるように努力した方がいいよ、と。
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◎2017年10月06日 ---- ボス ◎
- 村上春樹氏、ノーベル賞受賞ならず
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「今回こそは村上春樹さんがノーベル文学賞」・・・確信に近いものがあった。しかし私は最近、スケジュールに追われ、その予想を人に伝えることがなかった。◆発表があってから「実はオレ、今年は村上春樹が受賞するって思ってたよ」と言っても後出しジャンケンみたい。それで、昨夕、発表前に急いで私の予想をこの欄に書いた。見事に外れた。今年の文学賞はカズオ・イシグロさんという私の知らない作家だった。両親とも日本人、それも九州の人だという。村上春樹さんがまたしても受賞を逃したことと、私のみっともない予想の外し方に関しては置いておきましょう。素直に日本人の血が流れる作家がノーベル文学賞を受賞したことに拍手。
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◎2017年10月05日 ---- ボス ◎
- 予想 村上春樹氏 ノーベル文学賞受賞
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今夜遅くか明日にはノーベル文学賞受賞者が発表される。それで慌てて書いている。今年はやっと村上春樹氏が受賞するのだろう、と予想するから。◆理由はいくつか。①ここ数年、毎年候補に上がっている。そろそろ順番が来てもいいころ。②昨年のボブディランには懲りた。誰もが納得する者に授けたい。③ノーベル医学、物理学、化学などの分野で今年は日本人ノーベル賞受賞者が出ていない。・・・などなど ◆ 明日、朝、出勤してから「今年は村上春樹さんが取りそうな予想をしてたんだ」と言うと「後出しジャンケンなら誰でも勝てるよ」と言われそうなので、取り急ぎ私の予想を書いて公表する。念のために言っておくが私は昨年までは「今年は村上春樹」などと予想したことは一度もない。機は熟した、と思い慌てて書いている。
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◎2017年10月05日 ---- ボス ◎
- 国際民間航空機関(ICAO)
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航空関係者でなくても「国際民間航空機関(ICAO)」という言葉をニュースなどで耳にした人は多いはずだ。ICAO・・通常は「イカオ」と呼ぶが、通ぶった方は「アイカオ」と表現する。国際的な航空ルールを取り決める機関である。我が国でも「航空法」に特に記載のないことは基本的に「ICAO」の定めたルールに従うことになっている。航空業界にいるものにとっては日常的に使われているこの「国際民間航空機関」という言葉。「ちょっと待ってよ! 『民間航空機関』ってことは『警察航空隊機』や『政府専用機』や『消防航空隊機』は該当しないの?」 と誰も聞かないことが不思議だ。・・知らないくせに。知らなくても疑問を感じない、好奇心のない者ばかり。◆私はみんなが疑問に感じるかもしれない、誤解するかもしれない、と思ってこの言葉を使うときには必ず《注》を付けるようにしている。◆「ここで言う『民間』というのは『軍ではない』ということです。我が国で言うと『自衛隊機を除く』と言うことです」と。◆「国際民間航空機関」よ訳さずに「国際非軍航空機関」とか「国際除軍航空機関」と訳せば良いのに、と思う。... 続きを読む
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◎2017年10月02日 ---- ボス ◎
- 社会不適合者
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母は70歳代後半にになり記憶力の低下が顕著になった。同じことを何度も話すようになった。回りの者は皆「おかしい」と気付いていたが母に直接注意できる者はいない。同じ話を繰り返す母に対し「さっきも言ったじゃあ」と言うと「そうやったかねえ、トシやけんねえ」と、自分の記憶力の低下を年齢のせいだと決めつけていた。もちろん年齢のせいだけではなかった。◆正月に帰省しているとき母が「あんた、東京には誰か高校時代の友達はおるんね?」と聞いてきた。「うん、おるよ。吉田のチカシくんとか、増井さんとか錦邊さんとか・・」と答えると「チカシくんちゅうのは海崎出身の子やったなあ」と返してくる。「そうよ、海崎出身よ・・・。よく覚えとるねえ・・」などと話して一旦その話題が終わる。三分後また母が「あんた、東京には誰か高校時代の友達はおるん?」と聞いてくる。「さっき言ったじゃない!」と言うと可愛そうなので、私はまた先ほどと同じように答える。「うん、おるよ。吉田のチカシくんとか、増井さんとか錦邊さんとか・・」するとすぐに「チカシくんちゅうのは海崎出身の子やったなあ」と全く同じフレーズが続く。同じ話を3回繰り返し、4回目「あんた、東京には誰か高校時代の友達はおるん?」と聞いてきた。私は「おらん。東京には高校の同級生は誰もおらんのよ」と答えた。「えっ?誰もおらんの?」でその会話は終わった。私はほっとした。◆春になった。「病気かもしれんから一度病院で診てもらおうよ」 姉と二人で母を説得した。母は猛烈に怒り出した。「あんたたちは私んことをボケとるっちゅうの?! わたしゃあボケとらんよ。誰でも歳をとれば記憶力は落ちるやろ!」・・・嫌がる母を何時間もかけて説得し、やっと病院に連れて行った。「初期の認知症」と診断されたが私たちは「初期ではない」と思っていた。薬を処方してもらったが母はその薬を飲むことを忘れることが多かった。認知症はどんどんと進行した。本人も辛かっただろう。◆社会生活をしていると、本人は自覚していないが明らかに社会生活不適合な人と出会う。周りの者は誰も、最初は彼が病気だとは気付かない。注意すれば治ると思って接触する。しばらくすると「これはおかしい」と気付いて病院に行くことを勧める。本人が「おかしい」と自覚している者は素直に病院に行く。翌日、「うつ病」などの診断書と処方薬をもらってくる。やっかいなのは私の母のように「おかしい」と自分で認識していない人。身内でもない者が「病院に行っておいで」とは言えない。「うつ病」も「アスペルガー」も病気。彼らを責めるのはかわいそう。「病院に行ったほうが・・・」・・自覚していない人にもしそんなことを言ったら私の母の怒りどころではないだろう。◆「わたしゃあボケとらんよ!」と大声で反発した母の姿を時々思い出す。... 続きを読む
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◎2017年09月27日 ---- ボス ◎
- 幸せの秘訣は「無欲」
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私が勝手に「恵まれてないな」「ついてない人生だな」「かわいそうだな」と思っていた同級生のほとんどすべての人が、実は自分のことを「幸せだ」と感じているということに気づいた。彼のことを「ついてない人生だな」とか彼女のことを「かわいそうだな」などと私が思うのは優しさでも同情でもないただの思い上がりだったようだ。彼らは同情されるのが嫌で「オレ、本当に幸せな人生だと思うよ」と言っているのではなく、まさに本心から「幸せだ」と思っているのだ。直接話したらそのことはよく分かる。◆どこに私の勘違いが生じたのだろう。なぜ私は彼女のことを勝手に「かわいそうだな」などと上から目線で思ったのだろうか。◆おそらく私にはまだ「欲」があり、私は同級生の彼らにも私と同等の「欲」があるものだと思い込んでいた。そしてその「欲」が満たされない人生を送っているように見える方々を勝手に「かわいそう」と決めつけていたようだ。違った。◆六十年も生きてくると、大抵のものは「欲」が無くなる。「欲」さえなくなれば現状に満足する。現状を「幸せ」と感じるようになる。同級生たちからまた多くのことを学んだ。◆経営者である私は、まだ「欲」を捨てることはできない。経営者を終え、「欲」を捨てたとき私の人生は「本当に幸せな人生」になるのだろう。◆・・・朝から哲学的なことを考えていた。... 続きを読む
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◎2017年09月26日 ---- ボス ◎
- みんな幸せ
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昭和32年生まれの私は今年六月に60歳になった。同級生もみな今年度還暦を迎える。退職や転職する者が多い。そのためか今年は例年以上に同級生での集まりが多い。盆休みには中学校の同窓会、高校の同窓会と続いた。先週も木曜、金曜、土曜と大学時代の同級生に会っていた。◆かつて一緒に遊び学んでいた連中も、還暦にもなると、それぞれが様々な人生を送っている。「末は博士か大臣か」と期待されていたが目立たぬ役人で終わった者がいる。逆に30歳頃まで定職に着かず周りに心配をかけていた者が役人のトップになっていたりもする。いわゆる天下りによって悠々自適な生活に移った者もいる。50歳前に東京での仕事を止め故郷に帰って漁師をしている者もいる。病気で苦しんでいる者も何人か。旦那に浮気ばかりされて諦めている女性の同級生もいれば、入院中の主人に献身的に尽くす女性同級生も。この年になって離婚を考えている者も何人かいるのには驚いた。お盆に話した中学時代の同級生は「モトミくん、私な、まだ九州を出たことないんよ。飛行機にも乗ったことない」と楽しそうに話してくれた。◆みんないろいろ。もちろん本人の努力や才能によって人生は大きく変わるが、それ以上に「運」によることが多い。「上司が悪かったから」「若い時に病気したから」「旦那が飲兵衛だったから」「子供が事故を起こしたから」・・様々な偶然でその人の人生は大きく変わる。幸せにも不幸にもなる。◆私個人は運や人に恵まれて、極めてラッキーな人生を送って来られたと思っている。同級生に会うたびに何人かの者に対しは「運が悪かったのだろうな」などと感じてしまう。もちろん決して口や態度には出さない。だが違った。私が「きっと彼は運が悪かったのだろうな、可哀そうだな。今はどう見ても幸せそうじゃないな」と感じる同級生、彼らはみな口々に「オレ、とっても幸せよ」とか「私、とても良い人生送ってるよ」などと言う。それを聞くとこちらも嬉しくなる。◆人の人生、人の幸せ、は分からない。こっちが勝手に「ヤツはツイてないな」などと思うのは彼に対して失礼なことだと気づいた。60歳まで生きれば、みんなほどほどに幸せを感じている。60歳まで生きて「オレは不幸だ。オレの人生はツキに恵まれなかった」などと考えている人はとても少ないようだ。... 続きを読む
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◎2017年09月22日 ---- ボス ◎
- 古き良き時代
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大学3年生の時に留年した。1年遅れで4年生になったがそれでも卒業に必要な単位はまだまだたくさん残っていた。中でも「測量Ⅱ」という必修科目は難しかった。私は試験で不合格となり、続く再試験、再々試でも合格できなかった。「再留年が決定か」と落ち込んでいたところ「最後のチャンス」が巡ってきた。私は「工学部土木工学科」であったがなんと「農学部農業土木学科」で「測量Ⅱ」の再試験があるという。それを受けて良い、と許可が出た。これで落ちれば本当に再留年が決定する。私は徹夜で猛勉強した。◆試験当日、私は心細かった。広い教室には10人程度の学生しかいない。工学部の学生は私一人。周りは知らないヤツばかり。カンペが回ってくる可能性はない。だが私には猛勉強からくる自信も少々あった。そこに試験担当教官が問題を持って入ってきた。「あっ、マキズミさんだ!」・・教官は私が兄貴のように慕っていた、当時工学部の助手であった牧角さんだったのだ。とはいえ農学部の教室での試験、私の卒業がかかった試験、馴れ馴れしくすることはできない。◆試験が始まった。問題は六問あった。すぐに「四問は解けそうだ」と思った。四問正解なら合格できる。私は解き始めた。三問は完璧だった。もう一問も「多分これで大丈夫だろう」と思いながらも少し引っかかるところがあった。◆牧角さんは学生の回答を一人ずつその横に立って黙って眺めていた。私の横に来た。随分と熱心に私の回答を眺めていた。そして私の回答の一部を指さしながら小さな声で「分母分子が逆」と教えてくれた。それはちょうど私が自信持てないところであった。牧角先生のアドバイスで私は消しゴムでゴシゴシやり、急いで書き換えた。「うん、これで四問は解けた」と安心していた。終了時刻が迫っていた。教室前のほうで農学部の学生の答案を見ていた牧角さんが慌てた様子で私の方に速足でやってきた。「キノシタ、悪い! さっきんで良かった。おうちょった。分母分子はあれで良かった」・・・私はまた大慌てで書き換えた。私が書き換え終わるのを待って牧角先生は「はいっ、時間です」と言って各人の鉛筆を置かせた。もちろん私は合格した。◆古き良き時代のエピソード。あれから36年経った。今日、福岡で「牧角龍憲先生退官記念講演会と記念パーティー」が開かれる。もちろん私も参加する。牧角先生、お疲れさまでした。ありがとうございました。◆良い友、良い先輩、良い先生に恵まれた私の人生を確認する機会でもある。... 続きを読む
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◎2017年09月19日 ---- ボス ◎
- 番匠川、溢れる
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母は台風が近づくと必ずこの話をして父を懐かしがっていた。私の父は大分県庁に勤める土木技術者であった。◆母の新婚当初のことだから今から70年近く前の出来事だ。巨大台風が近づいた。そのとき二人は佐伯市の母の実家に帰っていた。大雨はなかなか止まなかった。番匠川(ばんじょうがわ)は水嵩が増した。番匠川のそばに住む母の一家は不安になる。そこに市役所の職員が避難勧告に訪れた。夜間だったが、近所の方々はみな指示に従い非難をはじめた。ただその時、父は一所懸命に何かを計算していた。そして「この雨で番匠川が溢れることはない」と断言したそうだ。母も、母の両親も、父のその言葉を信用した。「あんたが『大丈夫』っちゅうんなら、わたしゃあんたを信じるよ」っていう感じ。市役所職員の説得を聞かずに非難しなかった。父の予想通り、番匠川は溢れることがなかった。◆市の職員の避難勧告に、県の土木職員が従わないというのが良いことなのかどうか分からない。だがこのエピソードを嬉しそうに語る母はいつも誇らしげであった。「番匠川は枯れることも溢れることもない、とても優秀な河川やってよ」と母は父の言葉を伝えてくれていた。◆毎年、この時期になると台風が九州を襲う。台風が近づく九州の状況、などとテレビに「大分県佐伯市」が映る。私はその都度、父母が避難勧告に従わなかったエピソードと「番匠川は枯れることも溢れることもない、とても優秀な河川やってよ」との言葉を思い出していた。「心配ないよ。大丈夫だ」と思っていた・・・◆ところが先週末、その番匠川が一部で溢れた。びっくりした。死者が出なかったのは不幸中の幸いだが、わが強度に甚大な被害をもたらした。◆昨年、天国の父のもとへ旅立った母。きっと天国で父と二人、心配そうに番匠川の氾濫を眺めたことだろう。◆私は東京から、わが故郷の、早い立ち直りを祈っている。... 続きを読む
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◎2017年09月15日 ---- ボス ◎
- 挑戦
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「経済評論家」と言う方々は「競馬の予想屋」と同じだと思っている。皆それぞれの根拠を持って持論を展開し今後を予想する。予想が外れてもなんの責任も取らない。◆私が「エアロファシリティー株式会社」を興したころ、ある経済評論家がこんなことを言っていた。「カタカナ名の会社はすぐに潰れることが多い」「横書き名刺の会社も寿命が短い」・・平成に入ってもコンサバな爺さん評論家は堂々と持論を展開していた。さらに「社長が外車に乗り出したらその会社は危ない」とも言っていた。◆私はこんなバカな評論家に耳を傾けずに、自分と側近の方々との読みと感覚でここまで進んできた。「航空施設株式会社」ではなく「エアロファシリティー株式会社」にして良かったと思っている。設立当初からスタイリッシュな横書き名刺にして良かったと思っている。◆いま私は少々疲れているが、もう少しこの会社の先頭を切って走り続けなければならない。老け込み休むわけにはいなかい。そんな気持ちもあって5年間乗ったクルマiを買い替えた。バカな経済評論家は「社長はクラウンかプリウスに乗るべき」などと言っているが私はまだコンサバジジイになるわけにはいかない。これからまた新しいプロジェクトが始まるのだ。◆ここまでの5年間は愛車BMW640iと走ってきた。最初は扱いにくくてこずった。そして最後まで「完璧」に乗りこなすことはできなかった。それでも魅力は落ちることなかった。私一人のための「書斎」にもなれば「音楽喫茶」にもなった。美しいフォルムは私の応援団でもあった。◆昨日、その愛車BMW640iが引き取られ、新しいクルマが来た。2~3年か、あるいは5年間か、私はこのクルマと過ごすことを決めた。私の人生最後の「頑張るためのクルマ」だ。 おそら、この車の「次に私が乗るクルマ」は落ち着いた「クラウン」か「レクサス」になるのだろう。◆子供の頃、ジェームスボンドが乗っていて「かっこいい!」と憧れていたクルマ、アストンマーチンが昨日から私の愛車になった。◆「カタカナ会社」「横書き名刺」「社長は外車」・・経済評論家からダメ出しをされても関係ない。時にコンサバは停滞を招く。私たちは「今を守る」だけでは5年も生きてはいけないのだ。「挑戦」には「刺激」が必要。... 続きを読む
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