‘ブログ’ の記事一覧

2012年10月02日 ---- ボス

死の準備

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野田さんが医師から「余命はいくらもありません」と告げられたのが4月の初め。そして半年後亡くなった。野田さんは闘病中もできる限り出社された。週に3回、一日4時間程度は自分の席に着いていた。「最後までなるべく通常の生活を続けたい」という野田さんのお願いを断る理由はなかった。◆もし「余命半年」と医師に宣告されたらどうするか。ときどき考える。私は、少なくとも野田さんのように「通常の生活」を送ることができないだろう。あれもやりたい、これをやり残している、と焦るのであろう。きっと借金をしてでもできるだけ好きなことをやって終わる。友人に尋ねた「オマエならどうする?」と。彼は「オレは多分、野田さんのように生きるだろう。」と答えた。◆米国に住む女性の友人も似たような感想を送ってきた。「その方はきっと、几帳面に生きてきました。散らかしていないからお掃除する必要がない。それで今まで通りの日々が過ごせるのです。・・(中略)・・命が消えることを強く意識しながら、永遠があるような死に方・生き方を選んだのでしょう。」◆確かにそうだ。野田さんはとても几帳面な生き方をしてきた方だった。さて、私はどうだ?散らかしっぱなし。半年やそこらでは掃除できない。そろそろ掃除を始めなければ・・・・。

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2012年10月01日 ---- ボス

また妙な夢

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またまたヘンな夢をみた。狭い和室に布団が二組敷いている。学生時代を過ごしたアパートのようだ。私と、なぜか隣に息子が寝ている。息子はグッスリ。そこへどこからともなく南米系と思われる美女が現れ、そっと私の布団に入ってきた。夢の中の私は拒まない。むしろ歓迎している。そこへ家人が帰って来た気配。慌てる私。南米美女に向かって出て行ってくれと頼んでいる。美女は布団から出て行かない。◆この後の美女のセリフが面白いのだ。彼女は慌てる私にたどたどしい日本語で言った。「なんでそんなに慌てているの?心配ないよ。これは夢だよ。夢の中なんだよ。」と。そして私も気が付く。「あっ、本当にこれは夢の中だな」と。夢の中の話であることに夢の中で気付いていたのだ。しかしそれでも私はなお「いや、このままでは面倒くさいことになる・・」と慌てている。「夢の中なんだからばれても心配ないよ」と落ち着いている美女。◆しばらくして目が覚めた。「ヘンな夢をみたなあ」「面白い夢を見たなあ」とまたまた感じていた。疲れているのだろうか。飲み過ぎだろうか。それとも・・・「夢」なのだろうか。

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2012年09月28日 ---- ボス

妙な夢

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ヘンな夢をみた。南米系と思われる暴漢にピストルで後頭部を撃ち抜かれた。打たれた後頭部を右手の掌で抑えながら私は倒れた。痛みはないが出血はひどい。薄くなっていく意識の端で「あー、オレはこれで死んでいくのか。寂しいなあ。」と思った。「いやこれはひょっとしたら夢かもしれない。」とも考えたのだがなぜかすぐに「いややっぱり現実だな。残念だなあ。」とあきらめていたことを明確に覚えている。夢の中で私は死んでいった。◆しばらくして目が覚めた。普通なら「ああ!夢だったのだ。良かった!」と思うのだろうが今回はそんな思いもなかった。ただ「ヘンな夢をみたなあ」「面白い夢を見たなあ」と感じていた。◆疲れているのだろうか。飲み過ぎだろうか。それとも・・・。
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2012年09月27日 ---- ボス

アンディ・ウィリアムス

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幼い頃、NHKで「アンディ・ウィリアムスショー」を見るのが楽しみだった。「ディーン・マーチンショー」は同じ頃だったか少し後だったろうか。いずれにしろ私が夜な夜なジャズバーへ繰り出すようになったのは幼い頃のこれらのテレビ番組の影響もあるのだと思っている。そのアンディ・ウィリアムスが亡くなった。実は先月もアンディのCDを買ったばかり。「ムーンリバー」で有名なアンディだが私は「恋はリズムに乗せて」が大好き。ところが仲の良いジャズメンにこの曲をリクエストしても誰も知らない。そこでCDを渡して「この曲をマスターしててよ」とお願いするためであった。残念ながらいまだアンディ以外の「恋はリズムに乗せて」を聞いたことがない。◆今夜は静かに一人ジャズバーへ行って「ムーンリバー」でもリクエストしてみよう。ジャズを聴き、お酒を飲みながらアンディ・ウィリアムスさんの冥福を祈ろう。

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2012年09月26日 ---- ボス

電話での営業

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外出から戻ると机の上にメモがあった。相手先と電話番号が書かれていた。相手先「NTT東日本ソリューションエンジニアリング ・・」 そして担当者の名前と電話番号が記されていた。きっとヘリポートに関する相談か質問だろうと思い電話をしてみた。これまでもNTTの関係会社からはときどきヘリポートを作りたいとの相談を受けていた。◆電話に出た方に、相手の名前を告げるとまもなく女性が出た。「私が〇〇ですが、木下社長ですね?」 なにか様子が違う。「はい」とだけ答えるとその女性は一気にしゃべり始めた。しゃべりっ放しである。「大地震などの時に・・電話回線を守るための・・」・・・・・・。はじめは私はてっきり地震対策のためのヘリポートに関する問い合わせだと思った。ところが違った。地震などのときに備えて電話回線を守るシステムを紹介したい、という商品案内の電話だった。◆不動産や金融商品の案内は多い。こちらが知らずに電話に出るとアタマの悪そうな若者の声で「はい、木下社長様でしょうか?私は・・・。本日は・・・・」とまくし立ててくる。バカじゃないのか?「あなたがこのような仕事をしていると知ったら、きっとあなたの親は泣くよ」と言ってやりたいが普段は静かに電話を切る。◆しかし・・・。とうとうNTTグループまでそのような下品な電話による商品案内を始めたのか! 電話でNTTと名乗れば相手は聞いてくれるのか? 大企業のおごりそのもの。しゃべり続ける女性に向かって「営業の電話なの? それなら最初にそう言え! こちらはそんなにヒマじゃない!」と大声で答えて電話を叩き切った。

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2012年09月24日 ---- ボス

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社長業などをやっていると「仕事に関する不安」「政治家に対する不満」「マスコミに対する怒り」などマイナス感情ばかりが湧いてくる体質(?)になる。きっとなる。私はなった。これらのマイナス感情を振り払うために一所懸命に働いて来たのだと思う。不安や不満、怒りを、仕事に対する意欲に変えてきたのかもしれない。そして逆に仕事をするほどにネガティブな感情、マイナス感情ばかりが先行するクセがしみついてしまったようだ。多分そうだ。◆夏が大好きな私は毎年、夏至を過ぎたころから早くも寂しさを感じ始める。「明日から少しずつ昼間が短くなるんだ」とのマイナス発想が「さあ、これから大好きな本格的な夏だ」のプラス発想に負けない。それくらいネガティブ発想のカタマリのような私にとって「秋」は「昼間が日に日に短くなり」「気温も日に日に低くなり」まさに大嫌いな冬を予感させる寂しい季節。・・・・・で、あった。これまでは。ところがどうも今年は様子が違う。◆今朝の爽やかな秋晴れをみて「あれっ?秋もいいなあ」と感じた。オフィスの私の部屋からは東京タワーと広く青い空が見える。しばし美しい秋空をながめながら「たまには素直な気持ちを書いてみよう」と思った。「秋も素敵な季節だなあ」と。 「私も年老いてきたのかなあ。枯れてきたのかなあ。」などとのネガティブ発想を振り払いながら。

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2012年09月16日 ---- ボス

野田真吾さん 逝く

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我が社の顧問、野田真吾さんがとうとう亡くなった。まだ65歳。もっともっと一緒に仕事をしたかった。映画や旅行、ヘリコプターに関してももっとお話ししたかった。残念でならない。◆半年ほど前、4月9日(月曜)、朝の8時前、私が一人で仕事をしているところに電話が入った。「おはようございます」との野田さんの声に「おはようございます。どうしました?」と軽く返した。「申し訳ないというか良くないお知らせがありまして・・」という野田さんらしい控えめな話し方で始まった。「私、先週、精密検査を受けていまして・・・末期のすい臓癌ということが分かりました。すみません。」 驚く声を発した私に、野田さんは続けた。「私、ショートタイマーになってしまいました。残り少ないんです。怖いですねえ。・・・」電話の声は嗚咽からやがて号泣に変わっていった。そしてその日午後、野田さんは出社し私のところへやってきた。「朝は取り乱してすみませんでした。できる限り頑張りますので、なんとかこれまでと変わらない生活を淡々と続けたいので・・・頑張りますから・・」と話された。◆8月中旬まで、抗がん剤を試し、通院しながら、出社もしてくれた。私は野田さんのために専用のブログを用意した。「なにを書いてくれても結構です。自宅でも病院でもこれを書いている間は当社の仕事を続けていると自信を持ってください。」と伝えた。野田さんはとても喜んでくれた。「自分の人生の整理にもなるしまた励みにもなる。」と言ってくれた。病魔に侵されるまでは常に笑顔を絶やすことのなかった野田さんらしいと思ったのは「病気、病状に関することを書くと読む方々が暗くなると申し訳ないのでなるべく明るいこと書きます。ベルヘリコプターのこと、映画のことなど・・」と言われたこと。◆3月まではすこぶる元気に見えた野田さんが「末期のすい臓がん」と宣告されて以来、日に日に痩せていかれた。それでも8月の初めまでは「この状態なら数年は頑張れるのかな?」とこちらが思うくらい安定していた。残念ながら病魔は確実に野田さんのカラダを蝕んでいた。8月13日、入院をすると野田さんはさらに急激に痩せていった。◆病室でも涙をみせ「申し訳ない」を繰り返された。そして元気な私にむかって「頑張ってください」と言ってくれた。握手を求めてきたのは野田さんの方からだった。◆野田真吾氏 享年65歳   ありがとうございました。 暖かい笑顔を忘れません。

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2026年04月02日 ボスの
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  • 午前論文執筆
  • 午後宇都宮へ移動
  • 夕方宇都宮駅西口の割烹で会食 
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