◎2026年01月30日 ---- ボス ◎
- 「ありがとう」を言えないヤツばかり
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毎朝、出勤にバスを利用している。私が乗るころには窓側の席はすべて埋まっている。私は通路側に座る。今朝は、窓側には私と同じくらいの年齢の男が座っていた。幾つかバス停を過ぎたところで窓側の男が「降車ボタン」を押した。次のバス停に着き私は彼が降りるために通路へ立った。彼は黙って私の横を通って降りて行った。会釈すらない。◆自分が降りるために隣の席の男(私)が通路に立ったのだ。「ありがとうございます」か「すみません」と言うべきだ。中学生じゃない。立派な初老の男だ。◆次のバス停で、今度は私の前の席で同じ状況になった。私の前に座っている女性が、窓側の男性の降車のために立ち上がった。その男も「当然」という顔で会釈もなしに降りていった。◆「ありがとう」を言えないヤツばかりになった。学校、家庭、あるいは会社でもっと「道徳」教育をするべきだと思う。
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◎2026年01月29日 ---- ボス ◎
- 票の重み
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朝のラジオである経済評論家が面白いことを言っていた。「仮に我々みんなが80歳で死ぬとします。この選挙において20歳の人は自分の今後60年間に何らかの影響が及びます。60歳の人は20年間です。60年間に影響する人と20年間しか影響ない人が同じ1票ってのもおかしいと思います」と彼は言った。それを聴きながら「確かにそうだな」と思った。◆調べてみた。今、我が国には60歳の人は150万人、20歳は105万人。そして国政選挙の投票率は60歳が68%、20歳は33%程度と予想される。すると投票数はさらに広がり20歳(34万票)に対し60歳(102万票)と3倍以上の差になるのだ。◆この国では、選挙において本来ならより切実に感じるべき20歳より老い先短い60歳の意見が3倍のパワーを持つことになる。おかしい。たしかにおかしい。
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◎2026年01月28日 ---- ボス ◎
◎2026年01月26日 ---- ボス ◎
- 大相撲「静」の美学
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初場所は「安青錦(あおにしき)」の連続優勝となった。ウクライナ出身の21歳。来場所は綱取りへ挑戦だ。頑張ってほしい。◆ここ数年、大相撲を見ていて気になることがある。塩を撒いたあとほとんどの力士は決まってパンパンとまわしを叩く。感じのよい仕草ではない。◆私が子供の頃、大鵬と柏戸、いわゆる柏鵬時代の力士はあんなことしなかった。私が大学生の頃、横綱輪島が塩を払うように右手で軽くまわしを叩いていた。音はしなかった。この辺までは大相撲に「静」の美学があった◆私の記憶では派手にまわしを叩くようになったのは朝青龍から。ほかの力士は音をたててなく、パンパンと大きな音でまわしを叩く朝青龍の動作は、朝青龍独特の気合の入れ方のようだった。朝青龍の個性だった。私は不愉快ではなかった◆朝青龍の個性を真似るように、パンパンとまわしを叩く力士が徐々に増えてきた。個性的な力士をみんなが真似てはダメだ。大相撲から「静」の美学がなくなった。最近では宇良と阿炎以外はみなまわしを叩く。みっともない。◆「パンパンとまわしを叩くのはみっともない。大相撲本来の『静の美学』を取り戻せ」と誰か言い出さないものか。評論家や横綱審議委員会などで話題にならないのが不思議だ。
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